カテゴリー「哲学」の422件の記事

2019年10月25日 (金)

意識と存在の構造モデル3・・無の関門を通る




 「神秘の夜」は、井筒俊彦の「意識と存在の構造モデル」にあっては、どうしても通らなければならない「無の関門」でもある。

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 彼の構造モデルにあっては、あらゆる神秘家や哲人は三角形のモデルの頂点を通らなければ、昼という現象を去って、「実在という夜」に推参することはできない。

 「夜の世界」では、昼間の五感を中心とした判断・推測は通用しない。

 むしろ、「昼の世界」の先入観をきれいに流し去って、一度、無になる必要がある。

 そして無になるだけでなく、その世界に超入して「神秘の夜の世界」を実際に旅する必要があるのだ。

 前にも触れたが、井筒俊彦や小林秀雄がドストエフスキーの世界に見ていたのは、この「夜の世界」における魂の復活である。

 一度、死んで甦る必要があるのだ。

 ドストエフスキーは、“癲癇”(てんかん)という切実な持病の体験によって、まさに「神秘の夜」を旅し、その「夜の国」「永遠の秩序」を垣間見ていた。

 


 ・・その発作が今まさに始まろうとする数秒間、彼はこの世ならぬ光景を覗き見た。

永遠性の直観、「永遠調和」の体験。

それはまさしく黙示録に「その時、もはや時間は無かるべし」と云われている歓喜と恐怖の数秒間だ。


それは来世の永遠性ではなくて、この現世に於ける永遠の生命なのだ。

人生にはある瞬間があって、その瞬間に到来すると時間がはたと停止して、そのまま永遠になるのだ。

これこそ東西の別なく古来、神秘道の修行者達が最高の境地として希求し、それの体得のために一生を賭して努力する「永遠の今」の体験でなくて何だろう。

井筒俊彦『ロシア的人間』第13章「ドストエフスキー」より

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 この「永遠の今」の体験による「新しい人間」の誕生こそが、ドストエフスキーの一貫して追求したテーマであり、「神秘の夜の旅」の目的なのである。

 

 

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    ハイデルベルクの旅・・

2019年2月19日 (火)

井筒俊彦と小林秀雄の共通点・・対話による叡智の発掘

 井筒俊彦が「東洋哲学の共時的構造化」を図るために行なった方法は、これから惑星的かつ宇宙的なスケールを持つ哲学を創造する上において、大変参考になる。

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 なぜなら、過去の諸哲学や神秘家たちの歩んだそれぞれの道を、一度、その時間的空間的束縛から解き放って、「それらすべてを構造的に包み込む一つの思想連関的空間を、人為的に創り出す」ことによって、それらに共通する「基本的思想パターン」や悟りに至るモデルを明らかにするのはもとより、その空間において自ずから東西の哲人たちの「対話」が始まり、新しい価値を生み出すことができるかもしれないからだ。

 日本の神道で云えば、万の神々が集って一堂に会して話し合うことにより、新たな価値を生み出そうとする「ムスビ」(産霊)の働き、つまりより高次元の創造活動が可能になるのである。

 井筒が広大な東洋哲学(イスラム、ユダヤ哲学なども含む)を有機的に包含するだけでなく、その哲学の持つ意味を現代思想の中で甦らせ、新たな現代的価値を与えたように、21世紀の初頭、哲学するための惑星的なアゴラ=広場を創設して、時間・空間を超えた哲人たちの「対話」を人為的に行なうことは決して夢物語ではない。

 プラトンがソクラテスを通して描いたのも、この「対話」(dialogue)による叡知=無知の知発見ではなかったか。

 この意味では、「叡知の哲学」とは、「対話の哲学」でもあるのである。

 この「対話」について、忘れられない小林秀雄の肉声がある。「本居宣長」を完成した後に行った講演での「学生たちとの対話」の中で確かに小林は次のように言った。

心を開いて対話をすれば、生きた智慧が飛び交う・・

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「対話」は、違う価値観・歴史を持った者同士が同じ土俵に乗って行う一種の共同創造である。

 しかし、この創造が真に独創的になるためには、ある条件が必要だ。

 例えば相手をやつけるための雄弁術では決して「叡知」にたどり着くことはできない。

 その「叡知」を修得するためには、小林秀雄の「無私の精神」という言葉があるように、一度、自分の持つ価値観を消して、相手をひたすらリスペクト(尊重)する心を持つ必要がある。

 つまり、このリスペクト精神を互いが持つときに、そこに自ずから高次元の「生きた智慧」(叡知)が飛び交うことになるのである。

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  フランクフルトで「対話」について考える・・

2019年1月 2日 (水)

「スーパーセルフ」の開発が人類を救済する・・

 もし宇宙人なるものがいて、地球人の改造計画をするならば、どこから手をつけるだろうか。

 ある宇宙人は地球人の持っている自分像=セルフイメージの改革から手をつけるかもしれない。

Amr12060700140000p1               「火星年代記」などの名作で知られる
               SFの巨人、レイ・ブラッドベリ

 何故なら、現在の地球上の様々な問題の原因は、結局のところ、そのセルフイメージがあまりに狭く、低次元であるところにあるからだ。

 もしセルフが肉体としての自分というような極めて限定されたものではなく、宇宙に遍満するところのグレートセルフ、宇宙大生命だとしたら、その行い、習慣、ライフスタイルそのものが劇的に変わってくるに違いない。

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 何しろ、自分の肉体の周囲にあるあらゆる人々、草花、自然、海、道路、物・・など森羅万象が他ならぬ自分自身であり、どれもが尊い大生命の兄弟であり、礼拝せずにはおれない、かけがえのない存在になるのだ・・。

 よく言う「利他」という言葉も、このようなセルフイメージにあっては意味をなさない。むしろここにあっては、自分を礼拝し、大切にすることがそのまま「利他行」になるのである。

 ちなみに道元の言った「他己」とは、このような「スーパーセルフ」のことを指しているのだろう。

・・唱うれば、仏も吾れもなかりけり、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

・・一遍上人

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 この「スーパーセルフ」=「光」なるものは、私たちの中にいつもある。 

 21世紀の人類が行うべきは、この内なる「スーパーセルフ」、つまり無限の資源の発掘である。

 一体、吾々の持つ力が如何なるものなのか、測ったものは誰もいない。

 何故なら、私たちの持つ潜在能力はおそらく無限であり、無尽蔵だからだ。

 あのイチローの見せるバッティング技術は、常に進化しており、彼は50歳まで現役でいる夢を持っているそうだ。

 彼はいわゆる人類の引いた常識という限定した線を書き換えることに喜びを見出しているようだ。

 が、これはイチローのような天才たちに限られた話ではない。

 私たちも今日一日、自分の持つ力(光)を120%出し切れば、確実に能力はアップするはずだ。

 何故なら80%しか出さない人は、いつも力を出ししぶることから、無尽蔵の能力の壺の蓋を開けることが出来ない。

 天才とは、この120%の可能性にかける人達のことを言うのである。


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     フランクフルトの朝

2018年12月 4日 (火)

叡智の哲学者・井筒俊彦論・・総集編

14万8000ヒットの御礼に「叡知の哲学者」たる井筒俊彦論もプレゼントします。
このブログでも何回か紹介している若松英輔さんの『井筒俊彦 叡知の哲学』に触発されたものです。
井筒俊彦―叡知の哲学

  この本の紹介には

・・少年期の禅的修道を原点に、「東洋哲学」に新たな地平を拓いた井筒俊彦の境涯と思想潮流を、同時代人と交差させ、鮮烈な筆致で描き出す清新な一冊・・
 とあります。
 若松さんのこの作品は私にとっても、待望の「井筒俊彦論」であり、お勧めの一冊でもあります。
 「井筒俊彦」という惑星的巨人を「読む」とは、世界の深層を「読む」ことであり、東西の神秘家・哲人の「原体験」を「読む」ことであり、未だ出現していない21世紀の哲学を「読む」(予見)ことでもあるのです。
 「井筒俊彦」を「読む」ことは、このブログのテーマである「惑星間哲学」という「新しいパラダイム」を「読む」ことにもつながっていくでしょう。 

2018年9月18日 (火)

逆境で生まれる新文明・・新しい自己像の誕生

 東日本大震災、豪雨、スーパー台風の被害などで明らかになってきた新潮流は、コミュニティの拡大や「自然と共生する文明」へのシフトに伴う「新しい自己像」の誕生である。

 他ならぬ私たち人類の間で「全ては一つ」という新しい世界観ともっと拡大した自己像が誕生してきているのではないだろうか。

 この「新しい自己像」アーヴィン・ラズロ「人類の意識の進化」とも呼んでいる。

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 現在の地球は、今回の大震災はもとより、地球環境問題、頻発するテロ、異なる宗教的信条の違いによる軋轢、文化、人種、肌の色、言語、政治的信念の違いによる摩擦など、まるで沸騰した一つの鍋の中で全ての問題が煮立っているような状況である。

また今回の震災では世界中の人々の善意が集まるというポジティブな面も見られる。

 まして発達したインターネット網がそれらを一つにつないでより沸騰する速度を高めている。

 これらに加えて、宇宙の根本法則である進化の波動が、この悩める惑星には宇宙線のように無数に降り注いでいるように見えるのだ。

 このような地球温暖化も含めて加速度的に出来事を早めている動きは、実はラズロの云う「人類の意識の進化」も促しているのではないだろうか。

 日本が産んだ世界的哲人の一人、井筒俊彦博士は、このようなグローバル化、地球的社会にあっては、何よりも人間そのものを作り変える必要があると説いておられた。

それ(地球社会化)に内在する深刻な危険をはっきり意識しながらも、

しかもなお、我々が人類文化のグローバラゼーションの理念を信じ、『地球社会』の理想的な形での形成に向って進んで行こうと望むのであれば、

何よりも先ず我々は、我々自身を作り変えなければならない。

すなわち、我々の実存の中心を『自我』のレベルから『自己』のレベルに移行させなければならない。

あるいは、より正確に言うなら、『自我』を『自己』の表層的一部として、それを『自己』の多層構造全体のなかに定位しなおすことによって、完全に変質させなければならないでありましょう。 

井筒俊彦博士『意味の深みへ』

「人間存在の現代的状況と東洋哲学」から

 簡単に言えば、エゴという狭い自我から、セルフという拡大した自己へと私たちの実存の中心を移行させる必要があるのである。

 この転換を図る上で、参考になるのが井筒俊彦博士の「イスラム哲学の原像」や横山紘一氏の「十牛図入門--『新しい自分』への道」などの唯識論である。

2018年7月25日 (水)

「生命論パラダイム」への大転換・・田坂広志氏の啓示

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田坂広志氏の「ワールドシフト」である。

 「生命論パラダイム」へのシフトを、田坂氏は「志」にしておられるように思う。

 田坂氏によると、現代はまだ人類の「前史」とも云うべき時代であり、本当の人類の輝かしい「本史」はこれから始まる・と仰っている。

 具体的にいえば、人類は「機械論パラダイム」から「生命論パラダイム」へと大きくその価値観の舵取りを変えようとしているのだ。

 これまでの「機械論パラダイム」の旗のもと舵取りしてきた現代文明は、環境問題などの地球的な問題によって、半ば座礁しつつある。 

 このような中で登場してきたのが「生命論パラダイム」という新しい旗印である。

 この新しいパラダイムは、実は古代から連綿と続く精神世界の叡智やベルクソンなどの生命の哲学とも共鳴する思想を含んでいる。

  21世紀の初頭、「生命論パラダイム」への大転換が起こりつつあるのだ。

そこで計12回に渡った小論を総集編としてまとめておくことにした。

 田坂氏の志に耳を傾けてみよう。

 私たちはいわばこの「本史」を開くための先駆けとしての使命をになっているのであり、そのための一つの「礎」なのだ。

 この「礎」は一つ欠けても城を築くことはできない。



 もし、我々が、

 この時代を良き時代とするために、
 

 力を尽くして歩むことができたなら、 

 我々は、未来の世代に、 

 大切なものを伝えることができる。


 我々の「志」 

 それを伝えることができるだろう・・田坂広志

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◎総集編

「生命論パラダイム」の時代へ2・・要素還元主義からの脱却 

  • 「生命論パラダイム」の時代へ3・・直観による全体論の構築 

    「生命論パラダイム」の時代へ4・・全ては「一つのいのち」の分身 

    「生命論パラダイム」の時代へ5・・地球環境との相互進化

    「生命論パラダイム」の時代へ6・・生命と機械の違いとしての「動的平衡」 

    「生命論パラダイム」の時代へ7・・宇宙の一貫性と全一性 

    「生命論パラダイム」の時代へ8・・操作主義の克服 
  • 「生命論パラダイム」の時代へ9・・共感主義・礼拝主義への転換 

    「生命論パラダイム」の時代へ10・・天下一品の価値観 

    「生命論パラダイム」の時代へ11・・古い文明の叡知 

    「生命論パラダイム」の時代へ12・・文明の螺旋的発展 


    「生命論パラダイム」の文明論 
  • 2018年7月10日 (火)

    一瞬で世界を変える方法・・総集編

    一瞬で世界を変える方法・・

    それは.....

    今、見ているもの、出合っているものの

    本物を観るということです。

    私たちが間断なく出合っている人、物、事、自然には

    それぞれに見せる顔というものがあります。

    ただ、そこには本物と仮のお面を被っている偽物の二つがあるのです。

    例えば、この地球上で見せている生命の姿も仮のものであり、本来の生命の本質はほんの少ししか現れていないのではないか、と観るのです。

    私たちの命は地球上の重力下という特殊な環境のもと、様々な種を生み出し、この地球上に満ちあふれているわけですが、それでも生命の持つ無限性から観るならばまだまだなのです。

    この命の持つ可能性、無限性に目を向けて行動するとき、世界は変わります。

    なぜなら、今目にしている苦しみも問題も生命の無限性がこれから現れるためのプロセスにすぎず、本物ではないからです。

    例えばハイポニカという農法を編み出した野澤さんという人をご存じでしょうか。

    以前の文章から引用してみましょう。

    野澤重雄氏ハイポニカ(水気耕法)によるトマト、キュウリ、サトウキビなどの栽培は示唆にとんでいる。

    一株のトマトから一万三千個ものトマトが実るという驚嘆すべき栽培法の基本は、野澤氏によると本来の生命力は、現在の地球自然の状態では発揮されておらず、その制限している原因である土という塊から解き放ち、養液を流速を与えて循環させている水の環境に置いてやると
    本来の驚くべき生命力が現われてくるというのだ。

    同氏によると生命の本質とは「生長・発展する力」であり、「変化し、動いている」ものである。


    この本質を引出す環境を設定すると生命は無限に生長する右上がりのベクトルをとるという。生命は変化、動きを通してその本質(生長・発展する力)を露にしていく。

     言わば、
    地球上における生命は物質という強い抵抗に合いながら顕現している「生命の見かけの現象」であり、ベルクソンの言うエネルギーの蓄積と爆発という「生命の本質」をおおい隠しているのである。

    Bergson

     生命の哲学者、ベルクソン

     この生命の本来持つ驚くべき「生長・発展する力」を信じて見守る。

     そして伸びる兆しが見えれば全身全霊で誉めて、感謝すること。

     このことができるようになれば、間違いなく世界は変わります。

    2018年5月15日 (火)

    叡智の哲学者・井筒俊彦論・・総集編

    14万5000ヒットの御礼に「叡知の哲学者」たる井筒俊彦論もプレゼントします。
    このブログでも何回か紹介している若松英輔さんの『井筒俊彦 叡知の哲学』に触発されたものです。
    井筒俊彦―叡知の哲学

      この本の紹介には

    ・・少年期の禅的修道を原点に、「東洋哲学」に新たな地平を拓いた井筒俊彦の境涯と思想潮流を、同時代人と交差させ、鮮烈な筆致で描き出す清新な一冊・・
     とあります。
     若松さんのこの作品は私にとっても、待望の「井筒俊彦論」であり、お勧めの一冊でもあります。
     「井筒俊彦」という惑星的巨人を「読む」とは、世界の深層を「読む」ことであり、東西の神秘家・哲人の「原体験」を「読む」ことであり、未だ出現していない21世紀の哲学を「読む」(予見)ことでもあるのです。
     「井筒俊彦」を「読む」ことは、このブログのテーマである「惑星間哲学」という「新しいパラダイム」を「読む」ことにもつながっていくでしょう。 

    2018年1月21日 (日)

    「スーパーセルフ」の開発が人類を救済する・・

     もし宇宙人なるものがいて、地球人の改造計画をするならば、どこから手をつけるだろうか。

     ある宇宙人は地球人の持っている自分像=セルフイメージの改革から手をつけるかもしれない。

    Amr12060700140000p1               「火星年代記」などの名作で知られる
                   SFの巨人、レイ・ブラッドベリ

     何故なら、現在の地球上の様々な問題の原因は、結局のところ、そのセルフイメージがあまりに狭く、低次元であるところにあるからだ。

     もしセルフが肉体としての自分というような極めて限定されたものではなく、宇宙に遍満するところのグレートセルフ、宇宙大生命だとしたら、その行い、習慣、ライフスタイルそのものが劇的に変わってくるに違いない。

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     何しろ、自分の肉体の周囲にあるあらゆる人々、草花、自然、海、道路、物・・など森羅万象が他ならぬ自分自身であり、どれもが尊い大生命の兄弟であり、礼拝せずにはおれない、かけがえのない存在になるのだ・・。

     よく言う「利他」という言葉も、このようなセルフイメージにあっては意味をなさない。むしろここにあっては、自分を礼拝し、大切にすることがそのまま「利他行」になるのである。

     ちなみに道元の言った「他己」とは、このような「スーパーセルフ」のことを指しているのだろう。

    ・・唱うれば、仏も吾れもなかりけり、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

    ・・一遍上人

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     この「スーパーセルフ」=「光」なるものは、私たちの中にいつもある。 

     21世紀の人類が行うべきは、この内なる「スーパーセルフ」、つまり無限の資源の発掘である。

     一体、吾々の持つ力が如何なるものなのか、測ったものは誰もいない。

     何故なら、私たちの持つ潜在能力はおそらく無限であり、無尽蔵だからだ。

     あのイチローの見せるバッティング技術は、常に進化しており、彼は50歳まで現役でいる夢を持っているそうだ。

     彼はいわゆる人類の引いた常識という限定した線を書き換えることに喜びを見出しているようだ。

     が、これはイチローのような天才たちに限られた話ではない。

     私たちも今日一日、自分の持つ力(光)を120%出し切れば、確実に能力はアップするはずだ。

     何故なら80%しか出さない人は、いつも力を出ししぶることから、無尽蔵の能力の壺の蓋を開けることが出来ない。

     天才とは、この120%の可能性にかける人達のことを言うのである。


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         フランクフルトの朝

    2017年12月31日 (日)

    「惑星意識」への進化・・意識革命を起こす本

      地球人にパラダイムシフトを起こして意識革命を起こす三冊を紹介しよう。 

    いずれも「意識の拡大」、物の見方の革命を促している。

     まずは「地球環境問題を仏教に問う 温暖化地獄を仏教・密教は救えるか」で、山本良一竹村牧男, ,  松長 有慶の三氏という 環境学者×宗教学者×僧侶の対談本である。

     宗教、仏教、そして真言密教は地球環境のために何ができるのだろう・・大きな問いかけに三人の識者がそれぞれの思いをぶつけており、哲学書としても一級品と見た。

     そして地球環境問題を解決する上で、今後避けて通れないのは「個人のライフスタイルの変革」であり、そのためのヒントを、仏教、密教の教義の中に探っていくのだが、環境問題と言う21世紀最大の問題に、仏教の教義、組織形態、ライフスタイルなどが改めて照らし出されてその存在意義と新しい可能性が見えてくるところが興味深い。

     思うに環境問題は、科学と宗教の垣根を超えて、人類の意識レベルを「惑星意識」にしていく可能性を秘めている。

     特に弘法大師空海の説いた「即身成仏」というコトバが、環境問題によって新たな意味と可能性をもって蘇りつつある点は注目すべきである。

     大日如来と一つになることはどういうことなのか。

     そこに咲いている小さな草花も大日如来の分身であり、自分自身ということにはなるまいか。

     とすれば、人類は自分自身でもある地球の自然を自ら破壊していることになる。

     このような「意識の拡大」なしに環境問題の根本的な解決にはならないのではないか。

     ちなみに現在の環境問題の日本のオピニオンリーダーである山本良一氏は、真言密教のマンダラ図に触発されて「環境マンダラ」なるものを考案している。
          

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     二冊目は本ブログでも繰り返し紹介してきた小林秀雄と井筒俊彦という現代日本を代表する知性、哲学者の共通項に迫った若松英輔さんの叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦である。

    この本の帯にある・・

    「哲学者は詩人たり得るか? 

    日本古典の思想性を「詩」の言葉で論じた小林秀雄――。

    古今・新古今の歌に日本の哲学を見出した井筒俊彦――。

    二人の巨人を交差させ、
    詩と哲学の不可分性に光をあてる、清廉な一冊。 」

     という言葉にすべてが言い尽くされている。

     二人の哲学的巨人を交差させ、詩と哲学の不可分性に光をあてる時に見えてくる世界・・。

     このブログでも繰り返し紹介しているが、この二人の巨人が追求したのは、存在の実相に迫り、実際に体験するとともに、それを己の文体で表現するという営みである。

     イスラムの神秘哲学者が追求した「神秘家かつ哲学者」の道をこの二人ほど極めた人はいないように思う。

     その取り扱った対象は違っても、その対象に対する迫り方はあまりにも酷似している。

     例えばギリシャの哲人たちに、二人は「実践的思索者」という「真理の探究」への燃えるような情熱を見ていた。

     この情熱はあまりに大きく、ヘラクレイトスの火の体験のようなもので、この真理への飢えにまさしく焦がれたような哲人もいたはずだ。

     観照は存在探究の道に違いないが、最初にあるのは、根源からの招きである。観照は、人間が愛する人に向かって全身を投げ出す行為に似ている、とアリストテレスは言った。

    井筒俊彦が注目するアリストテレスは「神」の解析者ではない。それを「愛慕」する実践的思索者である。

    ・・アリストテレスの「神学」の底を流れるのは、絶対者への信頼と安住の確信である。そこには、浄土門の阿弥陀如来を彷彿させる母性的な神の姿すら浮かび上がる。

     神秘家の本分は、神を知解し、その甘美な経験に惑溺することではなく、その顕現を準備することである。

    なぜなら、「個人的救済の余徳は万人にわかたれて全人類的救済に窮極するまでは決して止むべからざる」ということこそ、アリストテレスが師プラトンから継承した哲学の使命だったからである。

     アリストテレスは、井筒俊彦に、観照が哲学の道であることを明示しただけではない。

    観照体験の究極は、個の制約と桎梏を超え、ついに「宇宙的実践」たり得ることを教えた。

    それは「人間的実践即宇宙的実践として、あらゆる存在者の重量を一に脊(せお)った人間の実践的活動の極致」に他ならない。

    一個の存在者が、真実の意味で「神充」を経験すれば、それは、世界の祝福を意味する。

    ここにナザレのイエスの登場を、あるいは釈迦が仏陀に変貌する、いわば人間の聖化を高らかに告げ知らせる預言者の声を聞くことはできないだろうか。

    『井筒俊彦--叡知の哲学』33~34頁

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     三冊目はあなたの人生がつまらないと思うんなら、それはあなた自身がつまらなくしているんだぜ。 1秒でこの世界が変わる70の答え」。

     ひすいこたろうさんの本はほとんど読んできたが、この書はひすいさん流、「物の見方ガイドブック」の決定版と見た。

     とにかく、爆笑しながら、自分の「物の見方」が柔軟になっていくのがわかるのである。

    世界は白いキャンバスなんです。

    だからこそ、みんなが喜びを感じられるように、楽しくなるように、世界を自由に解釈すればいいんです。

    ・・どう解釈するか、認識するかで、現実の見え方がまったく変わります。

    あなたの「認識」こそあなたの「世界」そのものです。

    つまりあなたこそ、世界の救世主だったのです。

    だから、神社のご神体は鏡なんです。

    神様に拝んでいるとき、鏡に写っているのは拝んでいるあなた自身です。

    あなたが変われば、

    鏡に映るこの世界も一秒で変化します。

     

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