カテゴリー「小林秀雄」の170件の記事

2019年8月27日 (火)

小林秀雄のプラトン論・・人生の大事は忽念と悟ること

 



プラトンは、書物というものをはっきり軽蔑していたそうです。

彼の考えによれば、書物を何度開けてみたって、同じ言葉が書いてある、一向面白くもないではないか、人間に向って質問すれば返事をするが、書物は絵に描いた馬のように、いつも同じ顔をして黙っている。

人を見て法を説けという事があるが、書物は人を見るわけにはいかない。

だからそれをいい事にして、馬鹿者どもは、生齧りの知識を振り廻して得意にもなるものである。

プラトンは、そういう考えを持っていたから、書くという事を重んじなかった。書く事は文士に任せておけばよい。

哲学者には、もっと大きな仕事がある。

人生の大事とは、物事を辛抱強く吟味する人が、生活の裡(うち)に、忽然(こつぜん)と悟るていのものであるからたやすくは言葉には現せぬものだ、ましてこれを書き上げて書物というような人に誤解されやすいものにしておくというような事は、真っ平である。・・

 従って彼によれば、ソクラテスがやったように、生きた人間が出会って、互いに全人格を賭して問答をするという事が、真智を得る道だったのです。

 ・・「喋ることと書くこと」

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 この小林秀雄のプラトン論は、その後、『本居宣長』を通して、独自な言語論へと発展していくのであるが、まさしく小林のやろうとしたことは、生きた人間が出会って、心を開いて対話するということにより、本物の智慧を得ることであった。

 彼の「からみ」の話はあまりにも有名であるが、彼にしてみれば全人格を賭けて問答をしていたのにすぎない。

 目的は真智を得ることであって、「からみ」は相手の狭い個我はもとより、自身の我を否定し去り、「智慧の海」へと向かうことに他ならなかった。

 小林にとって対話とは、ソクラテスがそうであったように、自他共により高次な「智慧の海」へと航海して、無私を得る道だったのではないか。

 単なる弁論術や政治家の説得しようがための演説では、「智慧の海」に至ることはできないのである。

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2018年12月 4日 (火)

悠然たるネヴァ河と小林秀雄

1963年、小林秀雄は文士仲間と三週間ほどのソ連(当時)旅行に出ている。

 この時の印象深い思い出について、安岡章太郎氏が悠然として渾然たるネヴァ河」と題して次のように書いている。

 エルミタージュ美術館に出掛ける前夜、通訳のリヴォーヴァさんが、「いよいよエルミタージュですよ、ようく休んで疲れを取って置いてね」という。「わかりました」と佐々木さんが謹厳にこたえる。そんなヤリトリを奥の部屋で聞いていた小林さんは、「なに、エルミタージュ? どうせペテルブルグあたりに来ているのは、大したものじゃなかろうよ」と、甚だ素気ない様子であった。

 翌朝、その小林さんの姿がホテルの中に見えない。われわれが狼狽気味に部屋を探していると、「やあ失敬」と先生があらわれた。

「朝起きぬけに一人でネヴァ河を見てきた」とおっしゃる。「ネヴァ河ですか」私たちは唖然とした。小林先生の地理勘は甚だ弱くて簡単な道にも直ぐ迷われるからだ。

「しかしネヴァは、じつに好い河だ、悠然としていて、あれこそロシアそのものだ」

だが私には、その悠然渾然たるものは、河の流れよりも、寧ろ先生自身の人生態度にあるように思われた。

 これは私の勝手な想像だが、小林はドストエフスキーの『罪と罰』の主人公、ラースコリニコフになりきってネヴァ河を観ていたのではないだろうか。

 河の悠然たる流れは、いつしかラースコリニコフの重苦しい黙想につらなり、小林の中に“精神の極北”まで行った主人公の魂が甦ってきたのではないか。

 ロシア的とは、どこどこまでも限度を踏み越えていく野人性にある。

 この野人性を精神の世界において徹底して追求したのがラースコリニコフであった。

 小林がこの主人公の思索と魂の復活にあれだけ肉薄できたのも、実は彼自身の中にロシア的なものがあったからに他ならない。

  興味のある方は以前、書いたドストエフスキーに関する感想もご参照下さい。 

 また「叡知の哲学」の総集編も参考にして下さい。

 

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2018年11月 6日 (火)

井筒俊彦と小林秀雄の共通点・・対話による叡智の発掘

 井筒俊彦が「東洋哲学の共時的構造化」を図るために行なった方法は、これから惑星的かつ宇宙的なスケールを持つ哲学を創造する上において、大変参考になる。

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 なぜなら、過去の諸哲学や神秘家たちの歩んだそれぞれの道を、一度、その時間的空間的束縛から解き放って、「それらすべてを構造的に包み込む一つの思想連関的空間を、人為的に創り出す」ことによって、それらに共通する「基本的思想パターン」や悟りに至るモデルを明らかにするのはもとより、その空間において自ずから東西の哲人たちの「対話」が始まり、新しい価値を生み出すことができるかもしれないからだ。

 日本の神道で云えば、万の神々が集って一堂に会して話し合うことにより、新たな価値を生み出そうとする「ムスビ」(産霊)の働き、つまりより高次元の創造活動が可能になるのである。

 井筒が広大な東洋哲学(イスラム、ユダヤ哲学なども含む)を有機的に包含するだけでなく、その哲学の持つ意味を現代思想の中で甦らせ、新たな現代的価値を与えたように、21世紀の初頭、哲学するための惑星的なアゴラ=広場を創設して、時間・空間を超えた哲人たちの「対話」を人為的に行なうことは決して夢物語ではない。

 プラトンがソクラテスを通して描いたのも、この「対話」(dialogue)による叡知=無知の知発見ではなかったか。

 この意味では、「叡知の哲学」とは、「対話の哲学」でもあるのである。

 この「対話」について、忘れられない小林秀雄の肉声がある。「本居宣長」を完成した後に行った講演での「学生たちとの対話」の中で確かに小林は次のように言った。

心を開いて対話をすれば、生きた智慧が飛び交う・・

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「対話」は、違う価値観・歴史を持った者同士が同じ土俵に乗って行う一種の共同創造である。

 しかし、この創造が真に独創的になるためには、ある条件が必要だ。

 例えば相手をやつけるための雄弁術では決して「叡知」にたどり着くことはできない。

 その「叡知」を修得するためには、小林秀雄の「無私の精神」という言葉があるように、一度、自分の持つ価値観を消して、相手をひたすらリスペクト(尊重)する心を持つ必要がある。

 つまり、このリスペクト精神を互いが持つときに、そこに自ずから高次元の「生きた智慧」(叡知)が飛び交うことになるのである。

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  フランクフルトで「対話」について考える・・

2018年9月 7日 (金)

歴史の背後には俳優をあやつる神様が居る・・小林秀雄

 小林秀雄は、江藤淳との対談「歴史と文学」の中で、ユニークな歴史観を披露している。

 小林によると、ソクラテスの「不知の知」というのは、人間を超えるものであり、「デーモン」のことだという。

 そしてこの「デーモン」なるものが歴史をつくる俳優たちを操っているというのだ。

 それは契沖や宣長にも見られる。

江藤 それは面白いことですね。契沖が黙ったことを、宣長がどうしても言わなければならないと思ったのは。

小林 私の意見が面白いのではない、歴史というものが面白いのだ。たとえば、あなたが黙っていた事をあなたの弟子が言うかもしれませんよ。

歴史というドラマはそういうふうにしか流れない。

だから、歴史をドラマと見るか合法則的なシステムと見るかで違った歴史図が現われる。

ドラマの背後には俳優をあやつるデーモンが居る。神様が居る。

これを容認しないとドラマが見物できない。

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 小林自身の批評も、自分を超えた「デーモン」との対話によって紡ぎだされていたのではないだろうか。

 彼はいつも手を合わせて原稿用紙の前で待っている。

 時には、愛用の勾玉を眺めながら、古代人の声を聴いている。

 すると、不思議な着想が泉のごとく湧いてくる。

 彼にとって文章を書くとは、すでにわかっていることを書くのでなく、「デーモン」の導きのままに未知の荒野を開拓する魂の冒険でもあったのだ。

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2018年7月 3日 (火)

小林秀雄VS岡潔・・叡知の対話

 この世界の本質が「生成」にあるとすれば、吾々が普段行っている対話はまさに筋書きのない「生成」であり、ドラマではないだろうか。

 特に天才同士の対談ともなれば、その「生成」の規模は宇宙大である。

 世界的天才数学者、岡潔と現代日本の産んだ最高の知性、小林秀雄との対話(対談)は、そのスケールの大きさ、奥深さ、面白さなど、まさに天下一品である。

 そして何よりスリリングな「生成」と叡知にあふれた「言霊」に満ちている。

 昭和40年の対話ではあるが、その話題はアインシュタイン、量子力学、幾何学、プラトン、ドストエフスキー、ベルクソン、ピカソ、教育問題などまさに宇宙大のスケールなのだ。

 この「叡知の対話」について、脳科学者の茂木さんは、声に出して読むことを推奨しておられるが、二人の対談は、吾々日本人がかつて持っていた言霊と叡知の世界を思い出すためのベスト・テキストとも言える。

 小林秀雄が言うように、「心を開いた対話では生きた智慧(叡知)が飛び交う」のである。

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 二人の巨人の対話の一部を紹介しよう。

叡知の対話2・・小林秀雄VS岡潔

  • 叡知の対話3・・小林秀雄VS岡潔
  • 叡知の対話4・・小林秀雄VS岡潔

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    2018年4月25日 (水)

    「現代における聖なるもの」・・小林秀雄とマルセルの対話

     フランスの哲学者、ガブリエル・マルセルは、1966年に来日した際、読売新聞の主催で、小林秀雄と鎌倉の小林邸で対談している。

     この対談では、現代における聖なるものとは何か、自然と文明の関係、晩年のベルクソンについてなど、東西の哲人が親しい中にもそれぞれの考えを正面からぶつけ合っており、今読んでも大変興味深いものがある。

     そこで二人の対談について、何回かに渡って、ダイジェストで再現してみたのが下記の連載である。

     当時、小林秀雄は「本居宣長」というライフワークに取り掛かっているところであり、マルセル相手に独自の神道講義や宣長講義をしているところもある。

     二人の哲人の真剣勝負から「文明と自然」の関係など、新しい文明のパラダイムについて「考えるヒント」を得ることができる。

     何より、東西を代表する思想家の対話の中に、真の智恵=直観が飛び交っている。

     彼らの直観には、現代文明の迷信を破る叡知が確かにある。

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    ★記事一覧

    小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・2

    小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・3

  • 小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・4 
  • 小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・5

    小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・6

    小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・7

    小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・8

    小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・9

  • 小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・10 
  • 小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・11 

    小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・12

    小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・13 

    小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・最終回

    21世紀における聖なるもの・・文明の螺旋的発展を

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             ハイデルベルクの休日・・

    2018年4月 1日 (日)

    桜に魅入られた小林秀雄

    人間が何かを見る、ということは、魅入られることだ。

    魅入られない以上、感動も、逆上もあるまい。

    魅入られたことを「かぶれ」とか「つきもの」という。・・小林秀雄

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     小林秀雄が文字通り、桜に取り憑かれていたことは有名だ。

     

     妹の高見澤潤子さんによると、小林は昭和57年3月の末、急に発病して入院したが、十何日か経ち、桜の見頃になった。

     

     自宅のしだれ桜が満開になる頃、小林があんまり桜の花を見たがるので、主治医が特別に週末に帰宅を許してくれたという。

     

     ところが、その前の晩、強い風雨があって、折角の花は殆ど散ってしまった。

     

     家の者はがっかりして残念がり、昨日までどんなに綺麗であったかをつぶやいたが、小林は食い入るように、ほとんど散ってしまった桜をながめていた。

     

     そして高見澤さんは、小林の批評が窮極のところ、何であったのか、伺わせるエピソードを紹介している。

     病院に帰って兄は、今年は桜がみられないと思っていたのに、おかげさまで、すばらしいお花見が出来てありがとうございましたと、何度も主治医に御礼をいった。

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     小林の云う「すばらしいお花見」とは、単なる御礼のための言葉に過ぎなかったのか。

     

     私はこう思う。

     

    ・・小林の心眼には、まざまざと桜の花が咲いていることが見えていたのだ・・と。

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     現象的には散ってしまった桜の奥にある「サクラの命」なるものを彼は確かに観ていたのだ。

     

     「サクラの命」は花びらを落としても、また来年咲くための準備をもう始めている。

     

     春から夏へ、夏から秋へ、そして冬枯れの景色の中でも、「サクラの命」の営みは花開く日のために黙々と続けられている。

     

     そこには一つの無駄も力みもない。

     ただ・・あるがままの世界、自然法爾の世界があるのみである。

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    2017年11月14日 (火)

    誰にも「全実在」は与えられている・・小林秀雄

     小林秀雄は「私の人生観」という戦後間もなく行った名講演で「哲学は一つのシステムでたりるのではないか」と提案している。

     これは、21世紀、惑星的な知性の出現と真の叡知にあふれた哲学を構築していくにあたって、多くの示唆を与えてくれているのではないだろうか。

     この小林の提案は「知覚の拡大」に伴う「実在」中心主義と呼んでもいいし、イブン・アラビーの「存在一性論」とも相通じるものがある。

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     小林秀雄が言うように「全実在は疑いもなく私達の直接経験の世界に与えられている」(「私の人生観」参照)。

    「私たちの命は、実在の真っ只中にあって生きている」のだが、そのような「豊富な直接経験の世界に堪える為には、格別な努力が必要」である。

     何故なら、普通私たちは、日常生活の要求に応じて、便宜上、この経験を極度に制限する必要があるからだ。つまり、「見たくないものは見ないし、感じる必要のないものは感じやしない」。 

     つまり、可能的行為の図式が上手に出来上がるという事が、知覚が明瞭化するという事である。

    こういう図式の制限から解放されようと、
    ひたすら見る為に見ようと努める画家が、何か驚くべきものを見るとしても不思議はあるまい。

    彼の努力は、全実在が与えられている本源の経験の回復にあるので、そこで解放される知覚が、常識から判断すれば、一見夢幻の様な姿をとるのも致し方がない。

    ベルグソンは、そういう考えから、拡大された知覚は、知覚と呼ぶより寧ろVISIONと呼ぶべきものだと言うのです。


    ・・小林秀雄「私の人生観」

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     小林が言うように、私たち一人ひとりには「全実在」がそれぞれ与えられている。

     ところが、この「本源の経験」なるものが日常生活の便宜性にかまけて、通常は極めて矮小化され、静止化されて体験されている。

     この矮小化という網を一度、捨てて虚心に「実在」に向かうとき、私たちは思わぬ光景を目撃することができる。

     画家は、小林が言うように「見る」という全身心を賭した行為を通して「実在」に到ろうとするのだ。

     従って、優れた芸術家たちは、ベルクソンが哲学者達に望んだように、「唯一の美のシステムの完成に真に協力している」ことになる。

     そのめいめいがその個性を尽くして同じ目的を貫いており、「梅原という画家のVISIONと安井という画家のVISIONは、全く異なるのであるが、互に抵触するという様な事は決してなく、同じ実在を目指す。かような画家のVISIONの力は、見る者に働きかけて、そこに人の和を実際に創り出すのである」。

     ちなみにジャコメッティという画家は森林に入ったとき、木々の方から見られているという不思議な感覚に襲われ、その感覚から脱っするために絵を描いていたという。

     つまり自分という主体から木々という対象に向かうのではなく、木々という「実在」から呼びかけるモノがあるというのだ。

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      ドイツ・ハイデルベルクでの思索


     このような「実在体験」をマズローは「至高体験」とも呼び、マルセルは「現存」とも呼称したが、芸術家だけでなく、私たちにも「全実在」は平等に与えられているのだから、その実相に推参することはできるはずなのだ。

     小林秀雄があれだけサクラに入れ込んだのも、サクラそのもの=「実在」に魅入られた体験があったからに違いない。

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     誰にも「全実在」は与えられている・・

    2017年10月26日 (木)

    井筒俊彦と小林秀雄の共通点・・対話による叡智の発掘

     井筒俊彦が「東洋哲学の共時的構造化」を図るために行なった方法は、これから惑星的かつ宇宙的なスケールを持つ哲学を創造する上において、大変参考になる。

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     なぜなら、過去の諸哲学や神秘家たちの歩んだそれぞれの道を、一度、その時間的空間的束縛から解き放って、「それらすべてを構造的に包み込む一つの思想連関的空間を、人為的に創り出す」ことによって、それらに共通する「基本的思想パターン」や悟りに至るモデルを明らかにするのはもとより、その空間において自ずから東西の哲人たちの「対話」が始まり、新しい価値を生み出すことができるかもしれないからだ。

     日本の神道で云えば、万の神々が集って一堂に会して話し合うことにより、新たな価値を生み出そうとする「ムスビ」(産霊)の働き、つまりより高次元の創造活動が可能になるのである。

     井筒が広大な東洋哲学(イスラム、ユダヤ哲学なども含む)を有機的に包含するだけでなく、その哲学の持つ意味を現代思想の中で甦らせ、新たな現代的価値を与えたように、21世紀の初頭、哲学するための惑星的なアゴラ=広場を創設して、時間・空間を超えた哲人たちの「対話」を人為的に行なうことは決して夢物語ではない。

     プラトンがソクラテスを通して描いたのも、この「対話」(dialogue)による叡知=無知の知発見ではなかったか。

     この意味では、「叡知の哲学」とは、「対話の哲学」でもあるのである。

     この「対話」について、忘れられない小林秀雄の肉声がある。「本居宣長」を完成した後に行った講演での「学生たちとの対話」の中で確かに小林は次のように言った。

    心を開いて対話をすれば、生きた智慧が飛び交う・・

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    「対話」は、違う価値観・歴史を持った者同士が同じ土俵に乗って行う一種の共同創造である。

     しかし、この創造が真に独創的になるためには、ある条件が必要だ。

     例えば相手をやつけるための雄弁術では決して「叡知」にたどり着くことはできない。

     その「叡知」を修得するためには、小林秀雄の「無私の精神」という言葉があるように、一度、自分の持つ価値観を消して、相手をひたすらリスペクト(尊重)する心を持つ必要がある。

     つまり、このリスペクト精神を互いが持つときに、そこに自ずから高次元の「生きた智慧」(叡知)が飛び交うことになるのである。

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      フランクフルトで「対話」について考える・・

    2017年10月 2日 (月)

    小林秀雄の鉄斎論・・自然と人間が応和する喜び

    鑑賞という事は、一見行為を拒絶した事の様に考えられるが、実はそうではないので、鑑賞とは模倣という行為の意識化し純化したものなのである。

    救世観音の美しさは、僕等の悟性という様な抽象的なものを救うのではない、僕等の心も身体も救うのだ。

    僕等は、その美しさを観察するのではない、わがものとするのである。

    そこに推参しようとする能力によって、つまり模倣という行いによって。

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          ゴッホの複製画の前で

     これは、「伝統」という小林秀雄のエッセーからの引用だが、小林秀雄にとって絵画や美術品などの「鑑賞」という行為がどのようなものであったか、よく解る文章である。

     彼のような徹底した「鑑賞」にあっては、自分と作品の境界はなくなり、観察するのではなく、まさに一体になって「わがものにする」ことに力点が置かれている。

     例えば、小林は富岡鉄斎を四日間ぶっ通しで、朝から晩まで250余の作品を見続けたというから尋常ではない、そこには何か魔的なものすら感じられる。彼の鉄斎論を見てみよう

     日本人は、何と遠い昔から富士を愛して来たかという感慨なしに、恐らく鉄斎は、富士山という自然に対することは出来なかったのである。

     

    彼はこの態度を率直に表現した。

     

    讃嘆の長い歴史を吸って生きている、この不思議な生き物に到る前人未踏の道を、彼は発見した様に思われる。

     

    自然と人間とが応和する喜びである。

     

    この思想は古い。

     

    嘗て宋の優れた画人等の心で、この思想は既に成熟し切っていた。

    鉄斎は、独特な手法で、これを再生させた。

    彼は、生涯この喜びを追い、喜びは彼の欲するままに深まった様である。

    悲しみも苦しみも、彼の生活を見舞った筈であるが、そようなものは画材とするに足りぬ、と彼は固く信じていた。

    「鉄斎Ⅱ」

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             仙縁奇遇図 

     

      鉄斎の喜びをわがものにした小林の批評は「鑑賞道」とでも呼びたい、厳しくも喜びにあふれた行から生まれてきたのであり、頭の中だけで巧んだものは一つもないのだ。

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