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2019年9月29日 (日)

意識と存在の構造モデルについて・・井筒俊彦の三角形

 井筒俊彦が追求したテーマの一つが、イスラムの神秘家イブン・アラビーの言う神秘家かつ哲学者の道を極めることであった。

 すなわち宗教行などによって意識を変貌させて存在の根源に遡るとともに、その体験知に基づいた哲学を構築していった哲学者・神秘家たちの共通モデルを明らかにすること。

 その理想的モデルがイブン・アラビーなどのスーフィーたちであるとともに、東洋哲学の途轍もなく広い精神的鉱脈に実は一つの共通したパターンがあることを彼は明らかにしていった。

 詳しくは「イスラーム哲学の原像」という名著を参照いただきたいが、簡単に言うと、多くの哲人・神秘家に共通するのが、往相・還相の悟りへの道を歩むということである。

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 井筒はこの中で「意識と存在の構造モデル」と題して、単純な三角形の図を描いている。

 すなわち絶対無としての存在が三角形の頂点として上に置き、感覚的、知覚的事物が底辺として下にくることになる。

 つまり多くの哲人・神秘家たちは三角形の向かって左側の辺をひたすら登って、意識と存在のゼロ・ポイントを目指そうとする。

 そして遂に絶対無の頂点を極めた哲人たちは、今度は右側の辺をひたすら降りて今度はコトバで「無から有」を生み出そうとする。

 井筒俊彦は、この意識と存在の構造モデルについて、次のように明快に説いている。


 もちろんこの上昇過程と下降過程の段階は、意識の段階を表すと同時に、存在エネルギーの自己収斂と自己展開の道程をも表わします。

 

仏教的にいいますと、不覚から覚に入って、また覚から不覚に出ると申しますか。よく向上・向下などと申します。

 

向上門・却来門--つまり上に向かっていく道程と、そこから逆に引き返してくる道程--とも。

 

また掃蕩門・建立門などともいいます。

 

つまりきれいさっぱりいっさいを掃蕩し、無一物の境地に入ったうえで、改めて存在界をうち立てていくということです。

 

また、浄土真宗で往相・還相などと申します。

 

だいたいスーフィズムの上昇、下降にあたるとみてもまちがいなかろうと思います。

 

いずれの場合も日常的経験的意識から出発して、ついに意識のゼロ・ポイントに達し、そこからまた目覚めてしだいに経験的意識に戻ってくる。

 

それは神秘主義的意識の典型的な循環運動を意味するとともに、現象界という形で四方八方に広がっている存在のエネルギーがしだいに収斂して、存在的無に還帰しまして、それからまたしだいに末広がりの形で現象的事物に拡散していくという、存在の自己展開の運動を表わしております。

 

つまり意識と存在のピタリと一致した完全な二重構造であります。・・「イスラーム哲学の原像」

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 ハイデルベルクで「無の関門」を通る・・

東洋哲学覚書 意識の形而上学―『大乗起信論』の哲学 (中公文庫BIBLIO) Book 東洋哲学覚書 意識の形而上学―『大乗起信論』の哲学 (中公文庫BIBLIO)

著者:井筒 俊彦
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2019年9月14日 (土)

「新しい人間」の誕生・・ドストエフスキーの新生物語

ドストエフスキーの途方もない作品」(小林秀雄)に繰り返し描かれている「新しい人間」(井筒俊彦)の誕生・・。

 あの名作『罪と罰』も単なる犯罪を犯した青年ラスコーリニコフの「懺悔の物語」ではない。

 「如何に生きるべきか」という激しい問いかけに憑りつかれた青年が、「旧い人間」から「新しい人間」へと生まれ変わっていく「魂の更生の物語」なのである。

 私は彼がシベリアの地でソーニャとともに丸太に腰掛け、大平原を見渡すシーンが大好きだ。

 現象的には犯罪という罪を罰せられて、シベリアに流された彼だが、その魂の奥底では復活の喜びがあふれ、二人による「新しい物語」が始まることを予感させる。

 まさに「旧い人」「新しい人間」に生まれ変わろうとしているのである。

 それはまたよく晴れた暖かい日であった。早朝6時ごろに、彼は河岸の仕事場へ出かけて行った。

そこには一軒の小屋があって、雪花石膏を焼く竈の設備があり、そこで焼いた石をつくのであった。

・・ラスコーリニコフは小屋から川岸っぷちへ行って、小屋の傍に積んである丸太に腰を下ろし、荒涼とした広い大河を眺め始めた。

高い岸からは広々とした周囲の眺望がひらけた。遠い向うの岸の方から、かすかな歌声が伝わってきた。

そこには日光の漲った目もとどかぬ草原の上に、遊牧民の天幕が、ようやくそれと見分けられるほどの点をなして、ぽつぽつと黒く見えていた。そこには自由があった。

そして、ここの人々とは似ても似つかぬ、まるでちがった人間が生活しているのだ。

そこでは、時そのものまでが歩みを止めて、さながら、アブラハムとその牧群の時代が、まだ過ぎ去っていないかのようであった。

ラスコーリニコフは腰を下ろしたまま、眼も離さずにじっとみつめていた。

彼の思いは夢のような空想と、深い黙思に移って行った。彼はなんにも考えなかったが、何ともしれぬ憂愁が彼を興奮させ、悩ますのであった。

・・『罪と罰』エピローグ

 
 
そこに突然、ソーニャが現れ、彼と並んで丸太に腰掛ける。彼は泣いて、彼女の膝を抱きしめる。

 彼らは二人とも蒼白くやせていたが、「この病み疲れた蒼白い顔には、新生活に向う近き未来の更生、完全な復活の曙光が、もはや輝いているのであった」とドストエフスキーは書いている。

 おそらくドストエフスキーのメインテーマとも言うべき、「新しい人間」の誕生という「人間実存の根源的変貌」について、最も深く考察したのは小林秀雄と井筒俊彦ではなかったか。

 ちなみに若松英輔さんも「霊界を生きた作家とドストエフスキーを認識する点で、小林秀雄と井筒俊彦は深く交差する」・・『叡知の哲学』113頁と指摘しておられる。

Sis
「白痴」のムイシュキンは、幼時から重度の癲
癇でスイスで療養していたという。
・・レマン湖にて

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