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「地球外生命体」の可能性とベルクソンの生命論

かつて米航空宇宙局(NASA)が、ケプラー望遠鏡を通して生物が生息可能な地球サイズの惑星を54個発見したと発表したことがあった。

 地球外生命体が存在し得るものであり、また、遠い未来においては、人類移住というテーマにつながる可能性もあるそうである。

 NASAによると、銀河系には200以上の地球サイズの惑星が存在し、さらに、水もあって生物が居住可能と見られる惑星はそのうち54あったという。ケプラーシステムの責任者ウィリアム・ボルッキ氏が確認した。

 すでに検出していた約1200の惑星候補の中から、さらに調査を行い、54という結果に絞り込まれたという。

 ちなみにケプラーは2009年に打ち上げられた探査機で、恒星の明るさを測定している。

 さて、フランスの哲学者、ベルクソンが「地球外生命体」の可能性について言及していたことはあまり知られていない。

 もっともこれは彼の生命論からくるところの推測なのだが、今読んでも興味深いものがある。

「生命が出会う条件は千差万別だろうから、それのとる形態はこのうえなく多種多様となり、われわれの想像とは極度にかけ離れているではあろう。

…宇宙のわが地球なる部分では、いなおそらく、この太陽系全体をとってみても、そのような存在者が生まれてきうるには、彼らは一つの種を形づくるほかはなかった。

…太陽系以外の場所では、一つ一つがすっかり違う個体、種を形づくらぬ個体ーーそれもやはり多数であり、また可死だとはしてもーーのみが存在しているかもしれぬ。

この場合ではまた、そうした個体は一挙に、そして完全な形で実現されたであろう」・・・『道徳と宗教の二つの源泉』

Bergson

生命の本質について考察したベルクソン
 

 ベルクソンによれば、わが地球上においては生命の「大いなる創造力の流れ」が物質の強い抵抗を受けて、十全な形では開花しなかったというのである。

生命の種も見方を変えれば、その「大いなる創造力の流れ」の停止を意味し、死んでいるとも云える。

 それに対して、他の惑星では全く異なる生命の顕現のプロセス、つまり「一つ一つがすっかり違う個体、種を形づくらぬ個体」も考えられると云うのである。

 詳しくは下記の論文を参照していただきたいが、21世紀が生命について地球上だけでなく、もっとスケールの大きな宇宙的視点から考察する時代になっていくことは確かであろう。

ベルクソン・ルネッサンス

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ケプラーの惑星候補(NASA/Wendy Stenzel)

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