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ベルクソンの時間論・・「ベルクソン哲学の遺言」

 前田英樹さんの「ベルクソン哲学の遺言」は、最近出たベルクソンの研究書の中で間違いなく秀逸の書である。

 ベルクソン(1859─1941年)の1937年に記した遺言状ーー「公衆に読んでもらいたいものすべてを刊行した」と断じ、生前刊行した7冊以外の死後出版を厳に禁じたメッセージを読み解くとともに、新しい切り口でベルクソン哲学の真相に迫っている。

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 とりわけ興味深いのは「思想と動くもの」の序論にその遺言の真意を見ていることだろう。

「哲学にかけているもの、それは正確さである」という有名な文章で始まるこの序論は、ベルクソンの思想的自伝とでも呼べるものであるが、前田さんはひとつの「問題」が、若いベルクソンを襲ったことに注目する。

 それは具体的には実在としての時間と運動の回復であった。

 ベルクソンは哲学的概念に遊んだ人ではなく、むしろ具体的な「物」=障害物に直面して驚くとともに、その障害を乗り越えようとした哲学者だったのである。

 このベルクソンの革新性を鋭く見てとっていたのが小林秀雄である。

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 そして今回の前田さんのベルクソン論も、小林のベルクソン論「感想」と同じ視点に立って書かれているように思う。

 それはとにかく、ベルクソンを愛読して40年という前田さんのベルクソン論から教えられるものは多い。

 前田さんによると、ベルクソンは「停止」を「運動」それ自体に送り返すことを一貫して行ったという。

 ベルクソンの哲学は、その出発点から、知性や知覚が静止させたものに運動を取り戻せる一貫した思考の努力だった。

この運動は、何ものかの運動ではない、実在としての運動それ自体である。

第一の主著「意識の直接与件に関する試論」では、「心理状態」という静止した観念の並置が、心的持続の運動そのものに送り返された。

・・時間、空間、数、量、強度といった語で表される概念は、その意味を根こそぎ変えさせられた。

・・第二の主著「物質と記憶」では、「記憶」の箱に収まっているとする静止した個物のように扱われた記憶の内容が根本的に変更される。

個々の「記憶内容」などはない。あるのは、潜在的な記憶の全体が、行動に向けて実現させる無数の収縮である。記憶はその収縮から、行動に必要な動的区分をやむことなく作り出す。

・・第三の主著「創造的進化」では、生物が進化の途上で作り出す「器官」の意味が、ひいては「生物種」というものの意味が、読む人を唖然とさせるほどの転倒によって動態化させられる。

生命は、進化によって「器官」を作ったのではない。私たちが「器官」とみなす物質の通り路を、運動の後ろに残したのである。

・・第四の主著「道徳と宗教の二源泉」では、生物種としての人類が、徹底して運動に送り返される。

・・生命は、その外見上の停止状態にもかかわらず、やはり運動し続けている。生命は、自己を超えていこうとする運動それ自体である。

ベルクソンの言う「道徳的英雄」、「特権的な魂」は、人類の身体を貫くこの運動から、この運動が引き起こす「生の飛躍」から生まれてくる。・・「ベルクソン哲学の遺言」207~271頁


☆ベルクソンの時間論・・総集編

 

ベルクソンの時間論2・・ベルクソン対アインシュタイン

 

ベルクソンの時間論3・・砂糖水の教え

 

ベルクソンの時間論4・・砂糖水の教えⅡ

 

ベルクソンの時間論5・・「生命的傾向」と「物質的傾向」

 

ベルクソンの時間論6・・持続する宇宙

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