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「意識と存在の構造モデル」9・・無差別智の開発

 易行道の念仏も、三角形たる「意識と存在の構造モデル」の頂点を極める道の一つである。 

 念仏三昧により、その頂点に立つとき、「無差別智」という仏の智慧が開発されてくるのである。

 特に天才的数学者、岡潔が宗教の世界で私淑した光明会の弁栄聖者の哲学と叡知に学ぶべきことは多い。

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          弁栄聖者

 ちなみに岡は晩年、特に光明会の念仏をただひたすら唱える行を頻繁にやっていたらしい。

 数学者にとって必要なのは、純粋理性にプラスするところの純粋直観だという。

 念仏すると、この純粋直観、つまり叡知が自ずと出てくるらしい。

 この叡知について、弁栄聖者は無差別智」(拙著「全体智の時代」参照)とも呼んでいる。

 この智恵は岡によると、意志を働かせることによって働く智力ではなく、個人よりももっと大きい意志のまにまに向こうから働いてくるものだという。

 換言すると、これまで人類は、物事を分類・分析・差別する「分別知」ばかりを開発して近代科学を発展させてきたわけだが、物事の全体をズバリ直観する「無差別智」つまり「全体智」を開発して前者の知恵とバランスをとる必要があるのである。

 別に念仏にこだわる必要はない。

 我々はどの仕事であろうと、無我夢中でただひたすら取り組むうちに、ふと湧いてくるアイディアがあるものである。

 岡がフランス留学から還ってきて芭蕉をはじめとする俳句の研究に没頭して、彼の言う「情緒」の涵養に努めたことは有名である。

 この数学とは一見関係のない「情緒」の開発から、数学の歴史に残る大発見に至るのである。

 これも弁栄の言う「無差別智」と呼んでいいだろう。

 とにかく我々の存在を超えた「ミオヤ」(弁栄聖者)の光の中に、私たちはいつも抱かれているのかもしれない。

 ちなみに弁栄聖者の「如来光明礼拝儀」の中の「如来光明歎徳章」の中には、次のようにある。

「無量寿如来を 無量光仏、無辺光仏、無礙光仏、無対光仏 燄王光仏、清浄光仏、歓喜光仏、智慧光仏、不断光仏、難思光仏、無称光仏、超日月光仏と号し奉つる。

それ衆生有て斯のひかりあうものは三垢消滅し身意柔軟に歓喜踊躍して善心生ぜん。

もし三塗勤苦の処にありて此の光明を見たてまつらば皆休息を得て亦苦悩なく寿終の後皆解脱を蒙むらん」

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     「情緒」の開発が道をひらく・・

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