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小林秀雄とマルセルのベルクソン論

 前掲の小林とマルセルの対話においては、モーツァルトなどの音楽談義を行った後に、二人の共通の師匠とも呼んでもよいベルクソンの晩年についての話題に移る。

(小林はモーツァルトのクインテットについて、万葉のころからある「悲し」という大和言葉を持ち出しながら、そのような「明るい悲しみ」があるという持論を展開している。)

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 小林が「ベルクソンの晩年の沈黙」について質問すると、マルセルは次のように答える。

マルセル ベルクソンは晩年大変に病身でした。だがその晩年で、私はベルクソンが誤りだったと思うことがあります。

それは、死後、ノートや遺稿の類を全部放棄するように言ったことです。これは完成したものだけを与えたいという一種の美学的なコケットリー(媚態)だと考えます。

小林 いや、そうではなくて、ベルクソンが私にはわかるように思います。

マルセル あれほどの哲学者は、模索、躊躇のあとを残して、後の探究者に指標を与えるべきであったと思います。

小林 そうでしょうか。私にはベルクソンの沈黙がよくわかります。

病気で黙らされたのか、それとも黙るつもりで黙ったのか。

日本の宗教家、哲学者の中には、黙ろうと決心して黙った人がたくさんいる。

黙ることが人類にプラスかマイナスかなど、そんなことは考えない。

黙ることは正しいという思想があります。

マルセル たしかに東洋の思想の一番の問題でしょう。それは歴史感覚の欠如ではないか。

小林 欠如ではないんです。むしろ歴史の否定です。

マルセル なるほど・・・・歴史の否定・・・・・・ベルクソンの場合は、そこまでいっていないと思うが・・・・・。

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 このベルクソンの沈黙と遺書については、小林の未完の大作「感想」第一回目に詳しく書かれている。

 伊豆の温泉宿での静養中にベルグソンの「道徳と宗教の二源泉」を再読したところ、これこそが彼の本当の遺書であり、小林自身もそのことがわからなかったことが「恥ずかしかった」書いている。

 ちなみにベルクソンは、亡くなる4年前の1937年の78歳の時に遺言書に著名している。この中でベルクソンは、すべての手記、講義や講演の彼自身のあるいは聴衆のノート、および、すべての手紙の公刊を禁じている。

 ソクラテスのダイモンが沈黙したように、ベルクソンのダイモンも沈黙したと小林は推察するのだが、マルセルのベルクソンに対する見方よりも小林の方がより真実に迫っていると考えるが、如何であろうか。

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   ハイデルベルクのお城跡にて

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