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桜に魅入られた小林秀雄

人間が何かを見る、ということは、魅入られることだ。

魅入られない以上、感動も、逆上もあるまい。

魅入られたことを「かぶれ」とか「つきもの」という。・・小林秀雄

 小林秀雄が文字通り、桜に取り憑かれていたことは有名だ。

 妹の高見澤潤子さんによると、小林は昭和57年3月の末、急に発病して入院したが、十何日か経ち、桜の見頃になった。

 自宅のしだれ桜が満開になる頃、小林があんまり桜の花を見たがるので、主治医が特別に週末に帰宅を許してくれたという。

 ところが、その前の晩、強い風雨があって、折角の花は殆ど散ってしまった。

 家の者はがっかりして残念がり、昨日までどんなに綺麗であったかをつぶやいたが、小林は食い入るように、ほとんど散ってしまった桜をながめていた。

 そして高見澤さんは、小林の批評が窮極のところ、何であったのか、伺わせるエピソードを紹介している。

 病院に帰って兄は、今年は桜がみられないと思っていたのに、おかげさまで、すばらしいお花見が出来てありがとうございましたと、何度も主治医に御礼をいった。

 

 05

 読者の皆様はこの小林の言葉をどう思われるだろうか。

 小林の云う「すばらしいお花見」とは、単なる御礼のための言葉に過ぎなかったのか。

 私はこう思う。

 ・・小林の心眼には、まざまざと桜の花が咲いていることが見えていたのだ・・と。

 現象的には散ってしまった桜の奥にある「サクラの命」なるものを彼は確かに観ていたのだ。

 「サクラの命」は花びらを落としても、また来年咲くための準備をもう始めている。

 春から夏へ、夏から秋へ、そして冬枯れの景色の中でも、「サクラの命」の営みは花開く日のために黙々と続けられている。

 そこには一つの無駄も力みもない。

 ただ・・あるがままの世界、自然法爾の世界があるのみである。

 Hideo

 

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