井筒俊彦論29・・ダイナミックな統合哲学
これまで見てきた井筒俊彦の思想を私なりにまとめてみると、次の三点に集約される。
1.東西のどの哲学を研究する場合でも、その思弁だけでなく、「哲学的思惟の根源に伏在する観照的体験」という根本的テーマを一貫して追求している。
すなわちイスラムの神秘家イブン・アラビーの言う「神秘家かつ哲学者」の道を新たに切り開こうとした。
しかもそこに「意識と存在の構造モデル」という悟りに至る共通モデルを明らかにした。
2.東洋哲学を現代思想の中で甦らせた。
広大な東洋哲学(イスラム、ユダヤ哲学なども含む)を有機的に包含するだけでなく、その哲学の持つ意味を現代思想の中で甦らせ、新たな現代的価値を発見した。
3.専門であるイスラムとその神秘哲学を日本的な立場から初めて咀嚼、世界的なイスラム学を構築した。
いずれも日本が世界に誇っていい大きな業績である。
しかも、21世紀の初頭において「惑星間哲学」とも言うべき、より惑星的で叡知にあふれた「統合的な哲学」を構築していくためには、井筒俊彦の哲学にもっと多くのことを学ぶ必要があるのではないだろうか。
例えば『意味の深みへ』の「人間存在の現代的状況と東洋哲学」と題した論文で、井筒は現在の人類の直面する思想的状況を見事に表現している。
科学技術的に均一化したこの狭い空間の枠内に、多数の国家、多数の民族が、それぞれまったく異なる文化伝統、世界観、生活感情、感受性をもったまま、一緒くたに投げ込まれているのです。
およそ考えられるかぎりの異質的な要素が、ごちゃごちゃに押し込められてぶつかり合っている、この混乱。
遠く離れてさえいれば、なんの摩擦も起こらないものを、種々雑多な文化形態が隣り合わせになるのですから、それら相互の間に鋭い矛盾、むき出しの闘争が生れることは当然でしょう。
場所が狭くなればなるほど、そこに共存する異文化が互いに鋭く対立し合うというわけです。
井筒は、この異なる価値観同士の衝突は、カール・ポッパーの言う文化に内在するところの「文化的枠組み」=それぞれの言語が存在世界を意味的に組み立てる特異なシステム=がぶつかりあっているとも指摘している。
この衝突が安易な妥協に終わるのではなく、爆発するエネルギーが正しいチャンネルに導入されるならば、「異文化衝突は建設的な批判精神誕生のきっかけとなり、自分自身の『枠組み』を他の『枠組み』の光で検討することを可能にし、さらに進んでは、対立を乗り越えて、より高い次元に、より広い知的展望を拓くことも可能にする機会ともなり得るのです」という。
そしてこの高次の「枠組み」には、もとの二つになかった独特の視野の広さと柔軟さとがあって、それが現実に対する新しい、より包括的なものの見方、感じ方を人間に与えることになるという。
もっと具体的に考えてみよう。
多くの識者によると、9.11のテロ事件の背景には、アメリカ型の「グローバリズム」の問題があるという。
確かにアメリカから発せられたコカコーラ、ハンバーガー、市場原理主義などが世界中を席巻していったとき、アイデンティティの喪失からくる精神の崩壊、さらには根強い反発が生まれてくることは容易に想像できる。
このような「グローバリズム」を井筒は次のように定義する。
1.様々に異なる文化形態の差異を、たんに取り除いて、全部を平均化し画一化することによって成立する地ならし的な一様性
が、井筒はこのようなアメリカ型のものとは違う「グローバリズム」も考えられるという。「1」がアメリカ型のものであることは言うまでもない。問題は井筒の言う、次の「2」の立場がいかにして可能なのかということである。
2.いろいろに違う地域文化を違ったものとして認め、それぞれを違ったものとして生かしながら、しかも低次元でのそれらの対立を越えたところで、それらを生きた形で統合する、そういうダイナミックな統合(インテグレーション)である。
この種々の対立を超えてより高い次元での統合に到ることは、21世紀初頭の人類に課せられた一大テーマとも言えるだろう。
井筒俊彦の場合、その高い次元での「ダイナミックな統合」のヒントを何千年という年月をかけて蓄積された「叡知」が眠っている東洋哲学の深層に見出していくのである。
フランクフルトのホテルで
高次の枠組みについて考える
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