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小林秀雄とルオーについて・・1

 画廊をやっていた吉井長三さんに「幻のルオー論」という小林秀雄に関する追悼文がある。

 ・・高野俊一さんのブログ「おっさんひとり飯」参照

 それによると、小林は晩年、「本居宣長」を書き終えたら、画家のルオーについて書きたいと思っていた。

 が、ルオーはキリストをモチーフにした絵をたくさん書いているから、それを理解しようと思ったら、「聖書を読み返さねば・・」と云っていたらしい。

 そういえば、遠藤周作さんのところにいきなり電話してきて、「パッシヨン」という言葉はどんな意味だい・・と質問してきた男がいた。

 遠藤さんが怒りながらその宗教的な意味について説明して、「ところであんたはどこの誰なんだ」と聴いたら相手はこう言ったという。

 ・・「小林秀雄です」・・

 その時の遠藤さんの驚きは如何ばかりであったか。

 とにかく、晩年の小林に本居宣長とともにルオーという画家が住み続けていたことは間違いない。

 さて吉井さんの前述のエッセーによると・・

 あるとき小林が、「君の画廊でルオーを買う人って、どんな人だい」と聞いてきた。

 そこで吉井さんはある一人の女性客の話をした。

 その客は、火のくべられた竈の上に鍋や薬缶などが掛かっていて、傍らに白い衣をまとったキリストが座っているというルオーの絵をしげしげと眺めて、帰っていったと思ったら、翌日も、またその翌日も、同じ絵を、ずいぶん長いこと眺めては帰っていく。

 とうとう店主に、これは自分でも買えるものかと尋ね、自分の持っていた日本画やら何やらを処分して、それを買っていったというのである。

 小林がその人にぜひ会いたいと言うので、相手は赤坂の小料理屋の女将だったそうだが、連絡をとって連れていった。
 その一階の店の奥に狭くて急な階段があって、それを上がったところに女将の部屋があり、神棚の横にルオーの絵は掛けられていた。
 その絵をしばらくじっと眺めた小林はふと、「どうしてこの絵を買おうと思ったのか」と女将に尋ねた。
 すると、その女将は黒塗りのちゃぶ台に頬杖をついまま、「この絵を見たとたん、ともかく好きになったんです」と答えた。
 
 その帰り道に小林は、画廊店主たる吉井さんに
「おれはルオーを書くよ。書ける。
ルオーを書くには聖書を読まなければいけないと思っていたが、そんな必要はなかったんだ。
ルオーはキリストを描いてんじゃない。
ルオーは絵の中にキリストの仮の姿を描いているんだ。
だから女将があんなに惚れたんだ。惚れて神棚の傍らに飾ったんだ」
 と大きな声で言ったそうである。
 それにしてもルオーの絵画を前にした天下の小林秀雄と女将のやりとりは何ともユーモラスです。
 小林の批評が結局のところ、その女将と同じく「好き嫌い」の道を極めたものであったことが伺えるのではないでしょうか。
 それにしても小林に開眼のきっかけを与えた女将さんもすごい人ですね。
Beronika
        ヴェロニカ 1940-48

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