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「精神のエネルギー」について・・3

  ベルクソンが言う「新しい精神の科学」の可能性とは、一言で云ったら、近代科学がもっぱら物質的計量に集中して、切り捨ててきた広大無辺な精神の領域の回復にあった。

  わたしはときどき、もし近代科学が数学から出発して力学、天文学、物理学、化学の方向に向かうのではなく、またすべての努力を物質の研究に集中するのではなく、精神の考察からはじまったとしたら--もしたとえばケプラーやガリレオやニュートンが心理学者だったら、どうなっていただろうかと、想像してみたことがあります。

きっと、今日わたしたちがまったく考えられないような心理学ができていたでしょう--それはガリレオ以前の現在の物理学を想像できなかったのと、同じことでしょう。

・・ベルクソンのロンドンにおける講演「生きている人とのまぼろし」と「心霊研究」から

 つまり、物質科学ではなく、心霊学や心理学などの精神科学に研究が集中していたら、全く別の近代科学の流れもできたのではないか、とベルクソンは想像しているわけである。

 そして「精神のはたらきの最も一般的な法則が(力学の根本原理が実際に発見されたように)発見されると、人々の研究は純粋な精神から生命に移ったことでしょう」と云う。

 それは現在の生物学とは全く違った活力論的な生物学で、生物の形態の背後に、それらの形態にあらわれる目に見えない内的な力を求めるものでしょう。

この力についてはわたしたちはどうすることもできません。

それは現代の精神科学がまだ幼年期にあるからです。

・・そしてもし近代科学がはじめにものの他方の端をつかんでいたとしたら、活力論は不毛ではなかったことでしょう。

この活力論的な生物学と同時に、生命力の不十分なところを直接に治療する医学が起こったことでしょう。

それは結果でなく原因を目ざし、表面でなく中心をめざす医学です。

暗示による療法、もっと一般的に言えば精神への精神の影響による療法が、わたしたちに推測できないような形態をとって、大きな役割をつとめたことでしょう。

こうして精神のはたらきの科学がつくられ、発展したことでしょう。

 このようなベルクソンの想像は決して空想ではない。

 事実、21世紀においては、宇宙的な視野から生命について考える「活力論的な生物学」と精神の影響を重視した新しい医学の潮流が生まれつつあるのである。興味のある方は下記のサイトを参照下さい。

宇宙的、地球的規模で生命を考える

Suiheitomato520w

 一つの苗から一万個以上のトマトが・・
 生命には本来、無限の可能性がある
 

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