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負けないで・・

 前にも紹介した岩手県陸前高田市の自宅跡で、昨年4月11日に海に向かってZARDの「負けないで」を演奏した佐々木瑠璃さん(17)のトランペットは、亡くなった祖母が買ってくれたものだったそうである。=写真上参照
 瑠璃さんは津波で母親の宣子さん(43)と祖母の隆子さん(75)を亡くし、祖父の佐々木広道さん(76)も行方不明のままだという。
 まさに町そのものが消滅してしまった陸前高田市とその海に、鎮魂のためのトランペットの音色が響いたのであった。 
 そして震災から70日たった5月20日、瑠璃さんは東京オペラシティの舞台に立った。

 聴衆約1500人に披露したのは、あの時、天国の母らに捧げた「ZARD(ザード)」の「負けないで」と「故郷」だった。=写真中・下参照

 特にテレビで聞いた「負けないで」の音色は、聴衆はもとより、私の心にも強く響くものがあった。

 みんなが瑠璃さんの悲しみの音色に同調、共感して泣いていた。

 その音色はただ悲しいのではなく、そこには悲劇から立ち上がろうとする「命の力」が感じられた。

 演奏を終えた瑠依さんには、爽やかな笑顔があった。

 おそらく今は亡き、お母さんにこう報告しておられたに違いない。

「瑠璃は元気でやっていきます。

こんなにも沢山の皆さんから元気をもらったのだから・・」と。

 まるでドラマのような話だが、今回の震災が教えてくれたものはまさに「人生ドラマ」のすごさであり、深刻さである。

 そして被災者だけでなく、日本人、否世界中の一人ひとりのそれぞれに「ドラマ」、つまり「物語」があったのではないだろうか。

 そこで思い出すのが、小林秀雄のベルクソン論「感想」に出てくる有名な言葉である。

 これは小林が亡くなった母親の霊に出会い、またその霊に奇跡的に助けられたことに触れた言葉である。

 母が死んだ数日後の或る日、妙な経験をした。誰にも話したくはなかつたし、話した事はない。

尤も、妙な気分が続いてやり切れず、「或る童話的経験」といふ題を思ひ附いて、よほど書いてみようと考へた事はある。

今はたゞ簡単に事実を記する。(中略)もう夕暮れであつた。門を出ると、行手に螢が一匹飛んでゐるのを見た。この辺りには、毎年螢をよく見掛けるのだが、その年は初めて見る螢だつた。

今まで見た事もない様な大ぶりのもので、見事に光つてゐた。おつかさんは、今は螢になつてゐる、と私はふと思つた。螢の飛ぶ後を歩きながら、私は、もうその考へから逃れる事が出来なかつた。 

・・寝ぼけないでよく観察してみ給へ。

童話が日常の実生活に直結してゐるのは、人生の常態ではないか。

何も彼もが、よくよく考へれば不思議なのに、何かを特別に不思議がる理由はないであらう。

 まさに小林秀雄の云う通りなのである。

 本当は私たちの日常生活は「童話的経験」と云う切実な体験に満ちているのに、ただそれを普段は気づいていないだけなのである。

 目に見えない祖霊に助けられ、護られていることを昔の日本人なら、みんな体験として知っており、いつも「感謝の祈り」を捧げていたのである。

 それが、現代では日常の利便性を追求するあまり、死や祖霊に取り巻かれた生活の実相に目を瞑ってしまっている。

 その意味では、今回の大震災は日常のベールを取り去って、死といつも隣り合わせの「人生の常態」(小林秀雄)を露わにしたとも云えるのである。

 

瑠璃さん、負けないで!

Tky201105140374

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 写真はいずれも朝日新聞から

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