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小林秀雄の「幻のルオー論」について・・2

 画廊主、吉井長三氏の「幻のルオー論」の続きである。

 小林先生はしかし、本居宣長の長い連載を終え本が上梓されてから間もなくして重い病気を得、そのまま帰らぬ人となりました。

あれほど意欲を燃やし、楽しみにもしていたはずの「ルオー論」は、ついに世に出ずに終わってしまいました。

 しかし私は、「ルオー論」は確かに書かれた、という思いから今も離れることが出来ません。

それは確かに書かれたのだと、小林先生が語られたある言葉を思い出しながら確信するのです。

 吉井氏の思い出した「ある言葉」とは次のものである。

 ・・晩年、あまり絵筆をとらなくなった梅原龍三郎を吉井氏が尋ねたおり、梅原は次のように言った。

「今朝起きたら、バラの花がとても美しかった。それで、15号のキャンバスにさらっと描いてみたが、一寸いいのが出来た。絵具がまだぬれているので、そこに裏返しにして立て懸けてあるから、よかったら見給え」

 ところが、吉井氏が見渡してもそのような絵は見当たらず、実際には描いていないことが判った。梅原は勘違いしていると思い、すぐに話題をほかの方にそらしたという吉井氏は、「梅原先生は、筆をもたなくても、空で、体で、いつも絵を描いているようなところがあり、そんな、おかしい勘違いもされるのでは・・」と思ったという。

 このことを小林に告げると、叱るように次のように言った。

絵は、実際には描いてなかったって? 

だから何なのだ。

勘違いが、おかしいか。

そんなことはない。

お前はな、梅原さんの処に行って、酒を飲んだり食べてばかりしてるんだろうが、そんなことするばかりが能じゃない。

お前はな、それは、大変なことを聞いているんだぞ。

判るか。

梅原さんは、行住坐臥、描いているんだ。常に描いてるから勘違いもする。

でも、そんな梅原さんが、描いたと言うんだから、絵は見えないだろうけど、描いてるのだ

判るか。

だいたい、梅原さんの言葉は、もう言葉でない。

絵なんだ。言葉が絵なんだ。

だから、君は、その言葉を記録しておきなさい。いいか。

梅原さんの言葉を大事に聞いて、それを全部とっておくんだ。

それが君の役目だ。

 つまり、吉井氏は、小林秀雄も梅原が行住坐臥、絵を描いていたように、「頭の中でルオー論を書いては消し書いては消していたに違いないのです」と言うのである。

 そして、「一字でも他の言葉に置き換えることのできないあの文章で、浩瀚なルオー論は完成まで高められていたのではなかったでしょうか。時空を超えて、それを取り戻せる事が出来るなら、と思わずにおれません」と文章を結んでいる。

 それにしても小林や梅原ほどの達人の境に入ると、心眼なるものが開けてくるのであろうか。

 彼らにはもう実際のキャンバスも原稿用紙も必要なかったのかもしれない。

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