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「好信楽」を極める・・小林秀雄「本居宣長」

宣長が求めたものは、如何に生くべきかという「道」であった。

彼は「聖学」を求めて、出来る限りの「雑学」をして来たのである。

彼は、どんな「道」も拒まなかったが、他人の説く「道」を自分の「道」とする事は出来なかった。

従って、彼の「雑学」を貫道するものは、「之ヲ好ミ信ジ楽シム」という、自己の生き生きとした包容力と理解力としかなかった事になる。

(小林秀雄『本居宣長』)

 別の所で小林は、宣長にとって源氏物語などの「歌」を極めることが、そのまま古事記の「道」を極めることになったとも言っていたと思う。

 所謂、宣長の説く「道」とは、自分の好きなことを信じ、ただひたすら楽しむ中で、自ずから拓けてきた道であって、自然法爾だったところは注目に値する。

 多くの成功者が語るのも、自分の好きなことをただ楽しんでやっていたら、自分でも思いもしない力が湧いてきて、人々のお役にも立ち、振り返ってみるとそこに確かに「道」があったということである。

 イチローも松井秀樹もただ野球が好きであり、彼等はそれを好み、信じ、そして楽しむ中で前人未踏の境地に立つことが出来たのだ。

 小林の批評も天才達の作品をただひたすら好み、信じ、楽しむ中で編み出された悦びの作品なのである。

 読者もそれぞれの「好信楽」を極めてみたらどうだろうか。

 その「道」は間違いなく、宇宙で唯一つの道であり、天も実はそのかけがえのない「道」を歩むことを希望されているのではないだろうか。

 何故なら、あなたの「道」は小さく見えても天の「大道」に繋がっているからである。

 一つの「道」を極めれば必ず同じ山頂に出ることは、達人や天才達の高き精神性を見れば分かる。

 宣長の説く「好信楽の道」こそは天の与えた使命、つまり天命だと言えるのではないだろうか。

 ちなみに今年は「古事記」が712年に編纂されて1300年の記念すべき年だという。

 万葉仮名という独特の表記法で日本古来の大和言葉や古伝説を遺そうとした先人たちの苦労を偲ぶとともに、この不思議な書物の解読に35年の時間をかけた本居宣長の偉業にも思いを馳せたいものだ。

 宣長のライフワーク「古事記伝」は、一日一日の「好信楽」の集大成だったのではないだろうか。 

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