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小林秀雄「本居宣長」について・・2

 小林秀雄のライフワークとも云うべき『本居宣長』については、本ブログ「小林秀雄」のコーナーにその独創性について書いた論文を掲載しているのでそちらの方も参照して頂きたいが、足かけ12年もかけて完成した本を私が初めて手にしたのは、高校2年の12月だったように記憶している。

 当時としては4千円という破格の値段だったが、小林ファンの一人としては値段よりも「ついに出るものが出た」という感じで購入し、それから貪るように読んでいった。

 もっとも小林秀雄は、連載時の原稿から三分の一くらいに削り落としたわけであるから、1万2千円の価値はあると豪語したというが、実際にこの本を手にした感触は忘れられない。

 扉を開けば本居宣長を通して遠い時代の古代の人々の声がどっしりとした活字の奥から聞こえてくるようであった。

 この意味でも『本居宣長』が私に与えた影響の大きさは想像以上のものがあったように思う。

 高校生ながら、小林秀雄の命がけの息吹きを本の重たさ、感触を通して感じていたのかもしれない。

 それはとにか、編集担当者の池田さんのお話によると、まさしく小林秀雄はこの本に命をかけていた。

 「新潮」に昭和40年6月号から昭和51年12月号で連載を続けた後、小林は何の前触れもなく連載を終えることと、52年中に最終章を新たに書き下ろして本として出版することを告げたという。

 そこから連載原稿を惜しげもなく切り落としていく苦難の日々が始まったわけだが、池田さんは圧倒的な力の差は度外視して小林秀雄に分かりづらいところや削っておかしくなったところなどを指摘していったが、小林はほとんど全部、池田さんの要望には応えたようだ。

 そこには読者に伝わらなければ何もならない、というプロ意識とこの本にかける小林秀雄の使命感が感じられてならない。また自分の命がそう長くないことも予感していたのかもしれぬ。

 連載中、小林の耳に聞こえてくる声は「まだ本居宣長をやっているのですか」「長いですね」という声ばかりだったというが、小林秀雄はその孤独の中で自分の直観した本居宣長像の肖像画を丹念に描いていった。

 まさにそれは苦闘の連続だったようだが、彼の本居宣長像が近代の識者達のそれをはるかに凌駕しているのは、ひたすら本居宣長の書物を読みこなし、その意味よりも文体を味わうという地道な作業を続けたからである。

 やはり
「天才とは忍耐なり」で、長い時間をかけた努力を通して傑作は生みだされることを、小林秀雄のライフワークは教えてくれている。

 ちなみに小林秀雄自身はこの仕事を振り返って、
「論理の進行を追うより、文章の曲折を味わうのが先決ではあるまいか」(『本居宣長補記』)という問題意識で書いたことを指摘している。

 偉大な思想家の真実を把握するには、その体系や構造を取り出すよりも、大思想家の文章をひたすら熟読、味わうことこの方が、有効であることを身をもって示したとも言えるのである。

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