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2011年6月 7日 (火)

叡知の哲学・・4

 井筒俊彦によると、イブン・アラビーなどのイスラムの哲学者たちは、「哲学の訓練を経ない神秘家になんていうものは酔っ払いにすぎないし、他方、神秘主義的体験のない哲学者なんていうものは、概念的にしかものを考えることのできない明き盲みたいな合理主義者であって、存在の真相などわかりっこない」という考えを持っていたという。

 この「哲学者兼神秘家」という生き方を「修行道」として貫き通したのが、他ならぬ「井筒俊彦」自身であった。

 そしてその「修行道」の原点にあるのが、井筒の父親、信太郎さんの存在だ。

 若松さんによると、「信太郎は米問屋の次男で、若い日から書と囲碁、そして禅に親しんだ」という。その「禅への熱情は強く、しばし曹洞宗の本山永平寺に出向き、参禅するほどだった」。

 この父親の修道は半端なものではなく、井筒自身も「神秘哲学」の序文で次のように書いている。

 そう言えば私がものごころついてから後に屡々目撃した彼の修道ぶりは生と死をかけた何か切羽詰まったものをもっていた。

古葦屋釜の湯のたぎりを遠松風の音と聞く晩秋深夜の茶室にただ独り湛坐して、黙々と止息内観の法を修している父の姿には一種凄愴の気がただよっていた。

 この修道に取り憑かれたような父親は、井筒俊彦のまだ幼い頃から、座禅や『臨済録』『碧巌録』『無門関』などの禅の本の素読を強いたのはもとより、彼独特の内観法まで伝授していたようだ。

 マンガ『巨人の星』でいえば、星飛雄馬の幼い頃からの厳しい修練に父、一徹の存在があったように、「井筒俊彦」という哲学的な巨人の原点には、父親による修道上の英才教育があったのである。

・・修道生活のはじめ、特定の宗旨あるいは行法から自由な道を与えられていたことは、井筒俊彦の人格を形成する上で、極めて重要な条件だった。

 仏教とキリスト教、それぞれの修道者が沈黙のうちに、相互の行法を真摯に行う試みがあるように、修道は教義に縛られない。そこには、論議の展開はないが、認識の深まりがある。論議が本来、認識の深化のためにあるのは言うまでもない。

・・『井筒俊彦--叡知の哲学』14~16頁参照

 このような「井筒俊彦」の原体験が“中心軸”になって壮大な「井筒哲学」は構築されていくのである。

 それは・・イスラムの神秘家であろうと、ギリシャの自然哲学者であろうと、中世のキリスト教の神秘家であろうと、インドの古代哲学者であろうと、日本の空海・道元などの開祖であろうと、リルケなどの詩人であろうと、どんな哲人・詩人の思想も、井筒の場合、この修行道による「観相的体験」という“中心軸”から照射されて、生きた思想の車輪として共鳴し、回り始める。

 井筒俊彦の筆にかかると、どんな古代の思想家も、異境の神秘家たちも、現代に息を吹き返したかのように生き生きとした自画像を描き始める。

 その意味では井筒俊彦とは、小林秀雄と同じような優れた批評家でもあり、自身の体験に裏打ちされた血の通った文章を綴った、つまりは「詩人哲学者」(若松さん)でもあったのである。

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  ハイデルベルクでドイツの哲人に
  思いをはせる・・

 

 

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