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2011年6月24日 (金)

叡知の哲学・・21

 井筒俊彦の言語哲学は、「表層意識において理性が作り上げる言語哲学とは全然異質の、深層意識的言語哲学」を意味したという。
『井筒俊彦--叡知の哲学』243~244頁参照

・・私が「言語アラヤ識」という名の下に問題にしてきた深層意識領域内での意味「種子」の本源的なイマージュ喚起作用を中心にする言語観であって、そのまま理論的に展開すれば、それは大規模な言語哲学を生む可能性をもっている。

我々が常識的に考える言語哲学、すなわち表層意識において理性が作り上げる言語哲学とは全然異質の、深層意識的言語哲学だ。

空海の阿字真言、イスラームの文字神秘主義、同じくカッパーラー文字神秘主義など、典型的なケースは少なくない。

・・『意識と本質』

 若松英輔さんはこの一文を「井筒俊彦の哲学的マニフェストだと言ってよい」とまで言い切っている。

 確かにこの井筒の言語観は、そのままそのユニークな存在観につながるとともに、東西の神秘家や哲学を一同に集める“哲学的広場”になりうるものだ。

 具体的に云うと、私たちの表層意識で捉える世界では、事象→言葉→意味の順序従って生成するように映る。すなわち言葉はあくまで事物を指示する記号にすぎない。

 ところが、井筒は深層意識の世界では、意味から始まって言葉→事象と逆行するというのだ。

 この「意味」はキリスト教などで云う「神のコトバ」と呼んでもいいし、空海の「真言」とも呼称してもいいのだろう。

 この超越的言語が、意識と存在の「ゼロ・ポイント」から生まれてくることがこの世界の始まりであり、「コトバ」こそはこの世界の本質であり、本物であり、本体なのだ。これを空海は「声字即実相」と喝破した。

 ちなみにこの意味的存在者を仏教では「種子」(ビージャ)と呼び、存在世界を樹木的隠喩で論じてきたが、井筒俊彦は阿頼耶識の奥に「コトバ」が意味を産む場所を「言語アラヤ意識」と呼び、特別の実在を与えた。

 例えば、大日如来のア声としての「コトバ」が起点として意識が生まれ、その目覚めた意識から存在が分節的に展開していくという真言密教の言語哲学は、実に興味深いものがある。

 なぜなら、大日如来の自己創発的な展開は、実はその子供たる私たちにも見られるからだ。

 Rapasuisen

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コメント

 ≪…深層意識の世界では、意味から始まって言葉→事象…≫で、数の言葉⦅自然数⦆の素数の通過点表示は、[ア]に≪…深層意識領域内での意味「種子」の本源的なイマージュ喚起作用…≫としてみたい・・・

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