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逆境で生まれる新文明・・9

 田坂さんが指摘するように日本は、「その土壌の下には、数千年の歴史を持つ、東洋思想の伝統が流れる国」である。

 確かに私たちの足元には、「古代の叡智」がいまだに豊かな河として流れているのではないだろうか。

 その一つが小林秀雄の指摘した「自然」(じねん)という考え方であり、逆境で生まれてくる自然と共生する新文明のあり方を日本人は先取りしていたとも云える。

 小林秀雄によると、「自然という言葉は中国から来た言葉」であるが、口誦では“自”(おのずから)という言葉であり、副詞であるという。しかもおのずからという言葉も、みずからという言葉も、日本人の生活的言語としてははっきりした区別さえない、という。

 つまり、欧米から入ってきた「ネイチャー」という言葉を日本人は「自然」と翻訳したわけだが、わが国古来の口誦としての歴史にあっては、自然を人間に対立したものとして名詞化できるものではなかった。

 「共生」という言葉には、まだ「人」と「ネイチャー」たる自然とが二元的に捉えられているが、「じねん」にあっては、その二つを超えたところの自(おの)ずから然(しか)らしめるところの大いなる力がイメージされているのではないだろうか。

 「じねん」の世界にあっては、自他の違いもなく、ここにあるものは、ただひたすら自己組織化していく「創造的進化」のエネルギーのみがある。ただ一つの大いなる創造力が無限に循環しながら、人も含めたすべての自然がその同じ力に生かされている・・と観想してきたのである。

 人も植物も動物もその「じねん」の力の生み出す兄弟姉妹であり、ここには自然を支配しようとする近代合理主義の考えは微塵もない。

 むしろ、古来からの日本人はたった一輪の花であっても、そこに「カミ」を見出し、頭を垂れて歌にしたためてきたのであった。

 ちなみにこの「じねん」の創造力を、本居宣長は「産霊(ムスビ)の神」の働きによるものとして、とりわけ重宝して拝んでいた。

 この「じねん」という言葉をイメージするときに、一番ふさわしい出来事が、先の天皇陛下・皇后陛下の宮城県ご訪問の折にあった。

 皇后さまに手渡されたあの「黄色の水仙」である。

 この水仙は津波で自宅が全壊した主婦、佐藤美紀子さんが、自宅跡の庭から摘んできたものだったが、佐藤さんは皇后さまに「この水仙のように力強く生きます」と話したのだった。

 テレビで見ていると、津波で家も何もかも流された佐藤さんの庭から、確かに何輪かの黄色の水仙が可憐な華を咲かせていた。

 この何もない無からでも花を生じさせる力を、わが日本民族は「じねん」と称し、天地万物を育む「造化の力」と呼んできたのではないだろうか。

 それにしても一輪の花にも宇宙大の生命力を観じて、自分の手本として心の支えにする生き方は何と美しく謙虚であることか・・。

 その意味では逆境で生まれてくる新文明にあっては、自然は支配するものではなく、畏敬するものであり、共感・共鳴するものなのである。

 今日は「昭和の日」であるが、終戦直後に昭和天皇の詠まれた御製を思い出さずにはおれない。

 昭和21年
 
 「松上雪」
 ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ 松ぞををしき人もかくあれ

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 熱海の「アカオハーブ&ローズガーデン」
 のホームページから
 

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