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逆風こそ「生命の飛躍」のチャンス

 「読売新聞」の科学部長、柴田文隆さんによると、「鳥のように大空を飛びたい」と思った多くの冒険家、夢想家はまず鳥をまねた羽ばたき機械を作ろうとしたという。

 特にドイツのオットー・リリエンタールは1891年、丘から滑空するハングライダー方式で鳥をまねた飛行を試み、96年に墜落死するまで2000回以上の滑空試験を試みたが、近代航空機の祖とはなりえず、その栄誉はライト兄弟にゆずることになったことは周知のとおりである。

 飛行機を愛した作家・稲垣足穂はその教訓について次のように書いている。

 「リリエンタールはしかし、幼時におけるコウノトリへの憧れから出発したので、ついに鳥から抜け出せなかった」と。

 駕籠をいくら改良しても自動車にはならないし、算盤を何万台並べてもコンピュータにはならないように、飛行機という革新技術を開発するためには、単純な「鳥の模倣」という誘惑を振り払い、既成概念を否定する跳躍が必要だったというのである。

 柴田さんによると、アメリカのライト兄弟が人類初の動力飛行に成功したのが1903年だが、1910年代に入ってもなお、アメリカの新聞、科学雑誌は「気球や飛行船のような空気より軽いものが空を飛ぶことは理解できるが、空気より重い航空機が空を飛ぶのは不可能だ」と先入観で書き続けたという。

 そんな逆風の中にあっても、飛行機はフライヤー号をはるかに超えて進化を続け、30年代までに10万種もの機体が発明され、墜落し、パイロットは死に、100タイプほどが生き残る。

 厳しい淘汰が、飛行機を早くて安全、経済的な機械に鍛え上げたというわけである。

 空を制したものは「空気より重たい」ものだったのであり、足穂は次のような名言を残しているという。

「ベルクソンによると停滞とは死である。(略)最大な危険が最大な躍進でないか」

 足穂の云うようにベルクソンにとって、生命の「大いなる創造力の流れ」を停滞させるものは一種の死を意味し、ある意味で種として完成した地球上の生命は流れが止まっていることにおいて死んでいる。

 ところが、生命はその停滞を一つの好機としてとらえ、さらに先に進もうとする。

 ベルクソン「再生と進化こそが生命そのものであります」(「意識と生命」)とも説いている。

 生命にとって最も大きな危機は、「生命の飛躍」(エラン・ビタール)を行う最高のチャンスでもあるのである。

Mlasia

     マレーシアの公園にて

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