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小林秀雄とガブリエル・マルセルの対話・・7

 小林秀雄は、日本語について「わが国の美しい持続」とも「国語という大河」とも呼んでいる。

 この観点から見ると、マルセルに語った「古事記という、ポエジー・オリジナルは、中国の言葉による表記体なのだが、これを日本人によって生きられた口誦体(こうしょうたい)に書き直すのに、あの人(宣長)は35年もかけた」という言葉には深い意味がこめられている。

 つまり、私たちの日本語のもともとは口誦体であり、中国から文字が入ってくる以前から、一つの完成された言語組織があったするのである。

 「国語という大河」は悠久の昔から、今に至るまで滔々と流れているのであり、私たちの意識しない世界においても私たちを潤し、そして支えてくれているのである。

 ところが、この口誦体としての大和言葉に一つの逆境が訪れる。

 それが文字という中国からの“輸入品”であった。

 この輸入されたものに対して、我が国の上代の知識人たちがどう対処し、生きようとしたのか、そのドラマが「古事記」には見て取れるというのが宣長=小林の考えであった。

 漢字の扱いに熟練するというその事が、漢字は日本語を書く為に作られた文字ではない、という意識を磨く事でもあった。

口誦のうちに生きていた古語が、漢字で捕らえられて、漢字の格に書かれると、変質して死んで了うという、苦しい意識が目覚める。どうしたらいいか。

 この日本語に関する、日本人の最初の反省が「古事記」を書かせた。

日本の歴史は、外国文明の模倣によって始まったのではない。

模倣の意味を問い、その答えを見附けたところに始まった、「古事記」はそれを証
している。

・・小林秀雄『本居宣長』

Rimg0149

Loreley_von_spitznack   

ライン河のほとりにて
下の写真はウィキペディアから

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