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史上最強の対談4・・小林秀雄VS岡潔

小林 誰でもめいめいがみんな自分の歴史をもっている。オギャアと生まれてからの歴史は、どうしたって背負っているのです。

・・・やっぱり記憶がよみがえるということがあるのです。記憶が勝手によみがえるのですからね、これはどうしようもないのです。

これが私になんらかの感動を与えたりするということもまた、私の意志ではないのです。記憶がやるんです。

記憶が幼時のなつかしさに連れていくのです。

言葉が発生する原始状態は、誰の心のなかにも、どんな文明人の精神のなかにも持続している。

そこに立ちかえることを、芭蕉は不易と呼んだのではないかと思います。

 「記憶がよみがえる」ということは、自分の精神を超えたもっと大きな精神がよみがえるということである。

 ここで小林の言う「記憶」とは、岡の「情緒」ともつながるところの“母なる心”と呼んでもいいのではないだろうか。

 ちなみに岡潔が宗教の世界で私淑したのが、光明会の弁栄聖者であったことはあまり知られていない。

 岡は晩年、特に光明会の念仏をただひたすら唱える行を頻繁にやっていたらしい。

 数学者にとって必要なのは、純粋理性にプラスするところの純粋直観だという。

 念仏すると、この純粋直観が自ずと出てくるらしい。

 この純粋直観について、弁栄聖者は「無差別智」とも呼んでいる。

 この智恵は岡によると、意志を働かせることによって働く智力ではなく、個人よりももっと大きい意志のまにまに向こうから働いてくるものだという。

 とにかく我々の存在を超えた「ミオヤ」(弁栄聖者)なるものの願いの中に、私たちはいつも抱かれているのかもしれない。

 この記憶が小林の言うようにある瞬間によみがえってくることがあるものである。

 それは荘厳な夕日の光景に見とれている瞬間かもしれないし、日常生活のほっとした瞬間かもしれない。

 本当の記憶は、私たちの緊張がゆるんだり、何者かに任せる心境になったときに、記憶自身の力でよみがえってくるものなのである。

 

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 Rimg0079                     ドイツ・フランクフルトにて              

  

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