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批評の神髄・・22

 言葉には、意味もあるが、姿、形というものもある、ということをよく心に留めて下さい。

 小林秀雄「美を求める心」

 これは、山部赤人の名歌、

 「田児(たご)の浦ゆ打出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪はふりける」

 について解説しながら、説いた有名な言葉だ。

 小林によると、優れた歌人は「言い現し難い感動を、絵かきが色を、音楽家が音を使うのと同じ意味合いで、言葉を使って現そうと工夫」しているという。

 それも歌人は、誰もが使っている「日常の言葉を、綿密に選択して、これを様々に組み合わせて、はっきりした歌の姿を、詩の型を作り上げる」のである。

 簡単に言えば、「姿のいい人があるように、姿のいい歌がある」と云うのである。

 小林の批評文も歌ではないが、姿のいい形というものが確かにある。

 彼は、自分の批評で意味を伝達しようとしたのではない。

 天才達の作品と共鳴し、感動した心の動きを批評という特殊な形で伝えようとしたのである。

  つまり、小林の批評には、「意味としての言葉」ではなく、「言霊としての言葉」が満ちている。

 心あるものは、頭を使うのではなく、自分の耳でその言霊としての言葉を聞くべし・・である。

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