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批評の神髄・・15

 ひたすら見る為に見ようと努める画家が、何か驚くべきものを見るとしても不思議はあるまい。彼の努力は、全実在が与えられている本源の経験の回復にあるので、そこで解放される知覚が、常識から判断すれば、一見夢幻の様な姿をとるのも致し方がない。ベルグソンは、そういう考えから、拡大された知覚は、知覚と呼ぶより寧ろVISIONと呼ぶべきものだと言うのです。・・小林秀雄「私の人生観」

 私たち一人ひとりには、本当は「全実在」がそれぞれ与えられている。

 ところが、この「本源の経験」なるものが日常生活の便宜性にかまけて、通常は極めて矮小化され、静止化されて体験されている。

 この矮小化という網を一度、捨てて虚心に実在に向かうとき、私たちは思わぬ光景を目撃することができる。

 画家は、小林が言うようにこの実在体験に「見る」という全身心を賭した行為を通して到ろうとする。

 ジャコメッティという画家は森林に入ったとき、木々の方から見られているという不思議な感覚に襲われ、その感覚から脱っするために絵を描いていたという。

 つまり自分という主体から木々という対象に向かうのではなく、木々という実在から呼びかけるモノがあるというのだ。

 このような実在体験をマズローは「至高体験」とも呼んだが、芸術家だけでなく、私たちにも「全実在」は平等に与えられているのだから、その実相に推参することはできるはずなのだ。

 小林秀雄があれだけサクラに入れ込んだのも、サクラそのものに魅入られた体験があったからに違いない。

 

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