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批評の神髄・・11

 批評は他人には危険かもしれないが、自分自身には少しでも危険ではない、そういう批評を安心してやっている。・・文化について

 これはいわゆる世間で言う評論家、ジャーナリストたちへの痛烈な言葉である。

 小林秀雄にとってある対象を批評するとは、ある確固とした“安全地帯”から評するのではなく、自分の拠って立つ立場を悉く疑い、最後には自分自身でさえ疑いつくして、仮の自分が崩壊していく“毒”を自ら飲むことでもあった。

 最後には、諸君の最後の拠りどころ、諸君自身さえ、諸君の強い批評精神は消して了うでしょう。そういうところまできて、批評の危険を経験するのです。自分にとって危険であると悟るのです。批評という毒が創造の糧に変ずる機会があるのです。

 この批評の毒を飲まないような批評は、小林にしてみれば一つの解釈にすぎない。

 そこには、いわゆる真の意味での“自分の言葉”が語られることはない。

 どこまでも中途半端な批評に終わり、その言葉も“他人の言葉”に限りなく似てきて、抽象語に堕していくことになる。

 小林の批評が今も色あせていないのは、自分の拠って立つ立場を悉く、その鋭い批評意識で消し去り、そこから対象と直に交わる中で生まれてきた小林自身の生の言葉を紡ぎ続けたからではないか。

 その意味では、小林のあらゆる作品の根底には小林という一人の男の命が、生き様が刻印されている。

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