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批評の神髄・・10

 「古事記伝」という劃画期な仕事は、非常に確実な研究だったので、本文の批評や訓法の決定は言うに及ばず、総論的に述べられた研究の諸見解も、今日の学問の進歩を以てしても、殆ど動じないと言っていいようだが、それはそれとして、言わば、そういう確実な学問上の成績を乗せた宣長の心の喜びと嘆きとの大きなうねりがあるので、これがなくては、彼に、彼の言う「学問の本意」への道は開けた筈はなかろう。
 彼の眼は静かで冴えていたが、傍観者の眼ではなかった。「古事記」という対象は、程よい距離を置いて冷静に調査されたのではない。彼は「古事記」のうちにいて、これと合体していた。『本居宣長』

 小林秀雄の批評の神髄は、本居宣長と同じくその批評する作品と一つになることであった。

 主体と客体とが分離した中で、批評の言葉を紡ぐのではなく、それと一体になった喜び、驚きの中で言葉を吐くこと。

 その喜びの中から決して出ないこと。

 小林の言葉が今も読む者をして感動させるのは、それが主客合一の直接体験の中で生まれてきた言霊としての言葉であるからだ。

 彼はその直接体験からしか、物を言わなかった希有な人だ。

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